0日目 |
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宇都宮 −東北新幹線→ 東京 −東海道・山陽新幹線→ 姫路 |
2007/04/27 |
今年もGWがやってきた。荷物は事前に姫路のホテルへ送り、出発に必要な荷物だけをフロントバッグに詰めて会社へ向かう。もう手慣れたものだ。ちょうど良い時間まで仕事をして会社を出て宇都宮駅へ走っていく。ちょうど夕日に向かって走っていくところに何だか期待感すらある。
駅前に着いたら自転車をばらしはじめる。唯一失敗だったのが、今回から追加したフロントキャリアのエクステンションバーが邪魔でフロントフォークが収まらず、無理矢理上を向けて入れるとエッジが袋を突き破りそうになるのだ。何とか慎重に収めて、そこを意識して運ぶしかないだろう。次回はエクステンションが簡単にゆるめて収まるように改修したい。帰りはこれごと外してしまおう。
バラして袋に詰めたら宇都宮駅の2階へ上がって、切符を買って、ビールと弁当もと思ったが、あまり良いのが見つからなかったのでホームへと上がっていく。目の前にMAXやまびこが居る。そのまま乗り込む。早く行って席をちゃんと確保してのんびりしたい。そのためには今は頑張って移動しておこう。 |
東京に着いたら、東海道新幹線へと向かう。途中にある大きめの売店でビールと弁当とお茶を買っていく。連休はまだ始まっていないからかビジネスマンが多い。姫路にも止まるのぞみのホームに並ぶ。1号車で最後尾の席の後ろに自転車を置く狙いで席を狙う。新幹線が来てドアが開いたところでさっと乗り込む。しかしベストポジションはキャスター付きのバッグを持ったおじさんに取られて、そこに入れられてしまった。何とか俺のと一緒にいれてもらえて席も無事に確保できた。その流れでなぜか話が盛り上がってしまう。四国へ向かう気さくなおじさんだ。出発前の待ち時間だというのにビールを開けて、GW突入に乾杯し、弁当を頬張る。去年のGW入りはとてつもなく辛い日々が一度止まってリスタートするかという状況の中だったが、今年は史上最高とも言えるほど調子よく進んだ1月〜4月をやり切って迎えたので気分は違う。 |

GWの旅へ 出発に向けて乾杯
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新幹線が動き出すころにはビールも1本飲み干した。早めの東北新幹線で東京駅入りして乗っておいてよかったと思うほどに混雑している。去年、のぞみで京都に向かった時はそうでもなかったが今年は早め早めに動く人が多いのだろう。隣の人と時々話ながら姫路へと進んでいく。唯一失敗したのはお茶などノンアルコールの飲み物を買い忘れたことだ。混雑しているので車内販売は回ってこない。
西へ向かうほどに徐々に客は減り、俺も姫路へと降り立つ。フロントキャリアのエクステンションが袋を突き破らないように気をつけながらホームから駅外へと降りていく。駅の裏側の出口の前で自転車を組んでいると、タクシードライバーや通行人に話しかけられる。気さくな関西人という感じの人達ばかりで、関東との文化の違いを感じる。自転車を組んだら眠い目をこすりつつホテルへと向かう。駅から徒歩3分なので近い。山積みの段ボールを部屋へと運び眠りについた。 |

姫路駅前。
自転車を組み終わって
寝にいくぞー。
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1日目 |
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姫路 → 相生 → 赤穂 |
72.80 km |
2007/04/28 |
気持ちよく目覚めて荷物をまとめる。段ボールを開梱して荷物を出してサイドバッグやフロントバッグへ詰め直す。そして台車に満載の荷物を積んで部屋を後にした。フロントクラークと話をしながら自転車にキャリアを取り付けて荷物を積み込む。幸先良い晴天の中でホテルを後にした。
懐かしいような変わり果てたような姫路の街を走り抜けて、姫路城へ行く。城の中は日本縦断の途中で巡ったので、スルーだが城を外から眺めたい。めったに実家にも帰らず新幹線から眺めることもないので、かなり久しぶりに姫路城を見る。姫路城の真ん前の大手門前公園を通り過ぎつつ、かなり目立つ公園でキャンプした19歳の自分を振り返ってあきれてしまう。 |

姫路城!
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懐かしいような変わり果てたような姫路の街を走り抜けて、姫路城へ行く。城の中は日本縦断の途中で巡ったので、スルーだが城を外から眺めたい。めったに実家にも帰らず新幹線から眺めることもないので、かなり久しぶりに姫路城を見る。姫路城の真ん前の大手門前公園を通り過ぎつつ、よくあんな目立つ公園でキャンプしたものだと19歳の自分を振り返ってあきれてしまう。
朝のひとときという感じの雰囲気が漂う姫路城に入る。相変わらず白い壁の大きな立派な城だ。古くからある貫禄のようなものも感じる。ちょうど牡丹の花が満開のようで牡丹園で祭りがあるようだ。とりあえず一旦スルーして天守閣を間近に眺める。白鷺城と呼ばれる世界遺産の天守閣は、古くも立派で風格がある。美しさと荘厳な雰囲気は他の城とはひと味違うと思う。城をひとしきり眺めたら牡丹園を歩いてみる。時期がいいからか、ちょうど赤やピンクの大きな花が満開だ。花越しに眺める姫路城を写真に収めたりしながら楽しんだ。 |

姫路城 牡丹園
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いよいよ姫路を出発だ。とにかく海沿いに相生、赤穂を目指す。まずは市街地を南下して海沿いの道を目指して走っていく。海に近付くに連れて横風が強くなってきた。しかも、どう考えてもこれから向かう方向であり右(西)からの風である。いよいよ風の方向へと右折していく。西に向かうと向かい風になるのは日本という国の場合は仕方がないのだが、何とか車から風をもらいながら進んでいく。
体のキレはハッキリ言って無いに等しいが、それでも向かい風にしては踏ん張れているかなと思えるレベルだ。初日だし仕方がないかと思うしかないだろう。10kmほどは海沿い特有の強い風はあるが工業地帯を挟むので海が見えないというフラストレーションの中での走りが続く。
相生まで20kmというところで、やっと海が見えるルートに出た。海が見えていれば向かい風でも楽しく走れそうだ。内陸人の俺にとっては久しぶりに見る海。自転車の醍醐味って海にあるように思えるといわんばかりのワインディングロードと海岸線。多少はアップダウンもあるが、楽しめて走れる。 |

海岸線の道
はりまシーサイドロード
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途中で、万葉岬なる岬へと寄り道できるルートがあり岬自体が展望台のようなので、寄り道がてら走ってみる。旅の頭の頃に上り坂を入れておくと、後の方でいきなり登りを迎えるよりは体がこなれてくるので調子良いのだ。傾斜もさほどないというか疲労がほとんどないからか、ギアはセンターのまま踏めていく。上がっていくたびに相生の方の深く入り組んだ湾を眺める。小さな箱庭みたいな海がいっぱい続くのが瀬戸内海の醍醐味。そんなのを楽しみつつ上っていると、リアディレーラーというかシフトレバーに異変が。ローギアに入れてトルクをかけるとだんだんギアが引き戻されて2に落ちるのだ。サクッと落ちてくれればいいのだが、徐々に落ちるので不安定領域が発生して、ややもするとチェーン切れを招きそうな雰囲気でもある。ダブルレバーのネジを締めてみるが、もともとしっかり締まっているので、これ以上は締まりようが無い。
そんな不安をかかえながら坂を登り切って展望台を眺める。こんなに広かったっか!?と思うほど開放的な海の景色が広がる。右と左は都会と複雑な海岸線が見えて、いかにも瀬戸内海らしい眺めだ。そんな眺めを満喫して、さっき上ってきた坂を下っていく。相生の市街地へと入っていく入り組んだ海岸線を走っていく。海沿いの工場が建ち並び何となく雑然とすらした感じがする道を走り、新幹線停車駅があるわりに寂れた感じすらする街を抜けて、道の駅へと向かっていく。
そろそろお腹も空いてきたころに道の駅 相生 白龍城に到着。名前の通り、白龍(ペーロン)と呼ばれている船と中国風の城のような建物で少しやりすぎの感もある。何はともあれ昼食だ。城みたいな建物に入って、えらぶ…。もう少しこう名物っぽいモノと思ったが無いのでラーメンとおにぎりで済ませる。海鮮ラーメンにしたのは海沿いを走っているということで唯一見せた意地だ。昼飯を済ませたら、売店を覗いて今日の夕飯とかにも使えそうな食材があれば買っておこうというねらいだ。ちょうど良い感じに地元の米があった。ジップロックのような袋なので便利そうだ。
GW入りしたからかごった返す道の駅を出て赤穂を目指して走っていく。備前か日生(ひなせ)ぐらいまで距離を稼ぐのも考えたが、今日は赤穂までとして観光して終わりという感じになるだろう。ここからは割と容赦ないアップダウンが始まる。傾斜より気になるのは不調な変速機だ。センターのローで踏んでいるとチェーンが外れそうになるので、100mごとにダブルレバーを弾き直す。何だかはかどらない走りだ。
静かな漁村だったりちょっとした岬だったり工場があったりと変化に富んだ海岸線を走りつつ、そろそろきつくなってきたアップダウンと向かい風に苦しみ始めた。相変わらずリアディレーラーも冴えない。
GW入りしたからかごった返す道の駅を出て赤穂を目指して走っていく。備前か日生(ひなせ)ぐらいまで距離を稼ぐのも考えたが、今日は赤穂までとして観光して終わりという感じになるだろう。ここからは割と容赦ないアップダウンが始まる。傾斜より気になるのは不調な変速機だ。センターのローで踏んでいるとチェーンが外れそうになるので、100mごとにダブルレバーを弾き直す。何だかはかどらない走りだ。
国道を避けて海沿いのローカルなルートにこだわったので静かな漁村だったりちょっとした岬だったり工場があったりと変化に富んだ海岸線を走りつつ、そろそろきつくなってきたアップダウンと向かい風に苦しみ始めた。相変わらずリアディレーラーも冴えない。 |

相生 万葉岬からの眺め
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道の駅 あいおい白龍城
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昼飯。
海鮮ラーメンと かしわごはん
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赤穂の海岸線
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そろそろ海岸線の厳しい地形と自転車の不調が面倒だと思い始めた頃に、赤穂御崎にたどり着く。眺めは開放的で気持ちがいいものだ。しばらく走ると箱庭のような海岸が見えて温泉街を抜けて…と何となく旅情を感じる場所になってきた。ここを下ってしばらく行けば、今日の目的地の赤穂市街へとたどり着ける。そう思うと足取りも軽い。
赤穂御崎から坂を下って赤穂市街へと向かう直線道は向かい風がもろに吹き抜けるため、予想外に足は重い。寝床や風呂を探索しながら赤穂市街へと向かっていく。風呂は決め手に欠けるので、このエリアに戻ることは無さそうだ。
川を渡ると赤穂城址に着いた。まずは観光だ。このエリアに大石内蔵助関連の観光スポットは集中している。城跡の駐車場に自転車を置いて歩いていく。まずは、大石神社へ行く。赤穂の四十七士の像が建ち並ぶ境内を歩いて、本社へと向かう。何だか力強さというか闘う男たちの守りというかそういうモノを感じる神社だ。今年は俺にとって仕事は勝負の年。旅の神社で願をかけていくのは良いことだろう。でも、手を合わせて願うことは旅の無事だ。すっかり定番化した旅の初日の神社での願掛けが終わったら、境内で売っていたソフトクリームに飛びつく。春限定の桜味のソフトクリームだ。ほんのりと桜の香りが漂う美味だ。 大石神社を後にして城跡と博物館までは巡りたいところだが、時間がすでに15:30を回っている。普通は16:30とかそのぐらいの時間がリミットなので少し巻いていきたい。城跡の中を歩いて抜けて行く。天守閣とか残っていないので、ただの広場という雰囲気でしかない。華麗にスルーして博物館へと入る。何とかリミットには間に合った。何を隠そう忠臣蔵を見たことがないので、その基本から学ぶ。赤穂のもう一つの名物の製塩についての史料も興味深い。瀬戸内海といえば製塩は盛んなので、これから先も美味しい塩を入手できるだろうから逃さず行きたい。忠臣蔵の中身もやっと理解できたところで博物館を後にした。
駐車場で自転車の修理を試みたが、こればかりはどうしようもないようだ。諦めて寝床探しにでかけた。城跡のすぐそばに大きい公園があったので、目に付かないところにテントを張って寝る作戦として、次に風呂を探しに行く。情報収集のために駅へ行く。観光案内所で情報を手に入れたら売店に売っていた塩を買って出かける。風呂に行く途中でスーパーで買い出しをする。もう涼しくなってきたし生ものを買って持っていても問題ないだろうという判断だ。楽しくなるような食材がいっぱいある。赤穂のタコ、赤穂のアサリをチョイス。タコはぶつ切りにして塩とレモンで頂く。御飯を炊いて、アサリはみそ汁にする。そんな夕食のプランが頭に浮かぶ。ガスなんかもここで買っていき、スーパーの表でサイドバッグに詰め込む。
テントは張らずに風呂に入りにいく。かなり大きなスーパー銭湯があるようなので、大船に乗った気持ちで走っていく。川沿いに走っていると3階建てぐらいの目立つ建物が見えてきた。広々とした岩風呂の露天風呂があって、テレビまで付いてる。天気予報とニュースを見てのんびりと夕暮れの風に当たる。
さっぱりしたところで風呂から出て夕日を見つつ、さきほど狙いをつけた公園へと向かう。公園のすぐそばのコンビニでビールも買って、テニスコートの裏あたりの目立ちにくいところで宿を確保する。水道もすぐそばにある好立地だ。テントから城の裏側もよく見える。テントは完全に日が暮れてから張ることにして、夕食を作る。先ほど買ってきた地元の米を洗って炊きつつタコを刻む。国産レモンを半分に切って、コッフェルのふたに塩をこぼしておく。ビールを開けて、飲みつつタコのぶつ切りに塩とレモンを付けて食べる。たったこれだけの料理なのに何でこんなに美味いんだ!と叫びながら、頬張っていると御飯が吹きこぼれてきた。米炊き用だけはチタンからアルミに買い換えたので焦げ付きの心配も減って、タコを楽しむ片手間で炊けてしまう。飯が炊けて蒸らしている間に、バーナーの上ではみそ汁を作る。これもシンプルに水の入ったコッフェルにアサリを入れて火にかけてタイミングをみて味噌を溶くだけだ。おおむね火が通ったところでネギを散らして完成。これも良い出汁が出ている。全て素材にこだわった今日の晩餐はシンプルながら豪華になった。最後はあさり汁を御飯にかけて、暖め直して深川飯風にして食べ終わる。
地球に優しい生分解性の洗剤で洗ってテントを張って眠りについた。 |


大石神社の境内
赤穂浪士が並ぶ
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桜ソフトクリーム
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赤穂の食材たち
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タコのタコの刺身 塩とレモンで
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あさりの味噌汁
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2日目 |
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赤穂 → 日生 → 備前 → 牛窓 → 岡山 |
91.78 km |
2007/04/29 |
今日は意地でも岡山まで行きたいので早めに起きて出発したい。目覚めたのは5時。まだ日が上るか上らないかのタイミングだ。さすがに寒いが、体を温めつつ撤収する。朝7:00と結構な早朝なのだがエンジン音がうるさいバイクの集団にあきれつつコンビニで朝飯を食べて出発。いつもは9時ごろの出走なので順調だ。
今日は岡山県に突入するまで内陸の走りが続く。ややアップダウンの多い国道を西へと走っていく。上り坂の度に気になるのが不調のリアディレーラーだ。やはり出発前にフル装備で登坂を含むルートを走ってチェックしておくことは大事だと改めて感じる。センターで上れる坂も思い切ってインナーにすることでチェーンにかけるトルクを減らしてみる。勝手に変速する症状は劇的に改善した。一番心配しているのは、明日か明後日にトライする小豆島の寒霞渓にある18%のヒルクライムでチェーン切れしたりしないかというところだ。インナーなら大丈夫? という感じがしてきたので大丈夫だろう。
3つめの坂を越えたところで岡山県に突入した。峠を越えて日生(ひなせ)へと向かう。坂を下りながら波がない鏡のような静かな入り江を眺める。瀬戸内海らしい景色と思える。しばらく平らで静かな海を左に見ながら流していく。
小豆島行きのフェリー乗り場を通過して、さらに先を目指して進む。平地のまま、今日の走りの中では眺めが楽しめそうな岡山ブルーラインの入り口にたどり着いた。そこで衝撃を受けることに。何と自動車専用道路だった…。大幅に予定は狂った。備前の市内の方を回るしか道はない。ブルーラインの橋を渡ればカットできる10km分が痛い。 |

日生(ひなせ)の海岸線
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悲劇の岡山ブルーライン
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こうなったら割り切って備前の市街地へと向かう。どうせなら備前の窯元に寄って備前焼も買ってしまおう。そして予定通り牛窓を通って岡山まで走ろう。何だか意味もなく強気になってきた。そう割り切れば備前の市街地への走りは軽い。あっという間に伊部(いんべ)の駅前に着いた。
窯元の街をランドナーで流しながら、この時間帯で開いてる店から回ってみる。数は限られているので的は絞りやすい。街の雰囲気も古風で窯元の風情のある街並みで楽しい。時々見える窯の煙突なんかも煉瓦造りでツタが生えていて貫禄がある。
山本雄一と書いた窯元へ行ってみた。ものすごく雰囲気のいいビアタンブラーが見つかった。しかし値段が高い…。これが窯元巡りのジレンマだ。直感で「良い!」と思ったモノは高いのだ。一応、見る目があるのかと自信を持ってしまうが、そこはつらいところだ。山本雄一氏の作品は買えそうもないが、そのお弟子さんの作品なら買えそうだ。ということで、ワラで赤い模様を焼き付けた
ひだすきのものと、火の焼けたあとのような金属っぽい模様のあるいかにも備前という感じのもので2つ買って自宅に発送した。
朝早く出発したからか、この時点で10:30。とにかく牛窓を目指して走る。今日は天気も良いし湿気もやや多いからか暑い。そして西からの強い風が吹く。備前から牛窓へ向かう道は容赦なくアップダウンが続いている。GWの太陽に炙られながら、我慢の走りが続いていく。何度か休憩を挟みながら、アップダウンの多い田園地帯と海岸線を走っていく。汗は止まらないし、日焼けも始まってきた。
牛窓が近くなってきたところで、オリーブの丘への案内看板が出てきたので、そっちの方へと曲がっていく。丘の上へ向かって容赦なく上っていく。アップダウンにうんざりしてきているところに、とどめを刺すように坂が続く。救いといえば、右を見ると島と白い砂浜の地形が見える。日本のエーゲ海と呼ばれるだけのことはあって雰囲気もいい。しかし、もう体力は消耗しているしお腹も空いてきた。きれいとか楽しいというより、少し辛いの方が勝ち始めている。一度、坂もピークを迎えて下り始めた。これは丘へ登る坂ではなかったようだ。下り坂のつきあたりを左に曲がってさらに急な坂が始まった。インナーに入れないと絶対に上がらないほどの傾斜だ。見た感じ12〜15%ぐらいありそうだ。短いかと思ったら意外と長いようだ。しかも、下ってくる車はみんな牛窓の名物になりつつあるジェラートを食べてる女性が助手席に乗っている。空腹状態で上り坂を耐えている俺には酷な状況が続く。心が折れる。やっとジェラート屋が見えてきた。しかし、オリーブの丘はこれで終わりではなかった。どうせなら最後の力を振り絞って頂上まで行こうと無謀な判断をしてしまった。オリーブの畑を両目に見ながら、相変わらず続く急な坂を上っていく。ジェラート屋から30分以上に渡る格闘の末、ついに頂上を極めた。オリーブの丘から見渡す牛窓の海は不思議な地形と同時に開放的な快感と不思議な感じの海の色…。異国情緒すら感じる海だ。
景色を眺めたところで、昼飯としたい。空腹に耐えて上ってきたので、もう極限状態だ。何でも良いから食いたいという状況。しかし、何でもいいという心の妥協が悪い事態を生んだのか御飯らしきものは山頂では売られていない。食事として扱えそうなものが、コロッケと竹輪しか無さそうだ。この際もう何でもいい。鯛竹輪とままかり竹輪とコロッケ2個を買って頬張る。空腹は最高の調味料とはよく言ったもので、本当に美味い。味をまともに判断できる状況にないのだが、生き返るとはこういうことだ。
お腹も「腹減った」と思わないほど埋まったところで下り坂に入る。ものすごい急な下りで恐怖すら感じる。次の目的地はジェラートだ。店の壁に自転車を立てかけて店内へ。名所になりつつあるのか、混雑している。並ぶのが億劫なほどの行列でも無いので並んでみる。注文も何も考えず、「ずばりダブルでオススメは?」のみで決めてしまい、そのまま自転車の前で味わう。ミルク味が美味い! |

備前焼
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牛窓オリーブの丘への登り道から
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オリーブの丘 山頂からの眺め
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牛窓ジェラート工房
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苦戦してきた坂を下る。ものすごい急な傾斜だ。苦労するのも分かる。下った感じからして迫力が普通じゃない。海沿いに下り終わると平地が続く。あとは岡山市内を目指すのみだ。しかし、ここからもアップダウンが延々と続く。向かい風に日差しに暑さ。さっきの牛窓の予定外ヒルクライムで消耗した体力。調子の良い要素が一つもない。今日は観光は諦めた。後楽園は行ったことあるし、岡山城ぐらいかと思うが岡山なら何回か行くだろう。黙々と岡山を目指して走っていく。午後4時には市街地に入ってきた。そして、5時に岡山駅前に到着。この時点で90kmを越えた。我ながらよく走ったものだと労をたたえつつ桃太郎像の前で写真を撮って、予約しておいたホテルへ向かった。
少し道に迷いつつも何とかたどり着いてシャワーを浴びて、サッパリして体温を下げたところで、岡山の街へ飲みに出かける。ブログ仲間との宴は楽しく過ぎていった。 |

岡山駅前 桃太郎像
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3日目 |
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岡山市内
小豆島土庄→銚子渓→寒霞渓→池田→土庄 |
67.34 km |
2007/04/30 |
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岡山→小豆島 土庄 |
割と良い時間まで飲んでいた割にはスッキリと目覚めて出発だ。朝イチのフェリーで小豆島へ渡りたい。15km離れている岡山港へと自転車を急がせる。コンビニのATMで金が下ろせなくて手間取ったりしたものの、何とか7:20のフェリーに間に合う7:00に港に着いた。
こじんまりした湾である港で待っていると船は来た。静かな海面に反射する船の姿が何とも風情がいい。さほど混まないフェリーに乗り込み自転車を固定してキャビンへと上がっていく。ちょうど前を見ながら進めるキャプテンシートが空いている。運転するのが大好きな俺はそこに陣取って、出発を待つ。カーペットのところで仮眠を取るほど航海は長くないので、男が生まれつき持っている「乗り物が好き」という本能を楽しんでしまいたい。
静かな瀬戸内海を船は走っていく。程なくして正面に島が見えてきた。土庄(とのしょう)の港に着岸したので俺も車両デッキへと降りていく。車がある程度はけたところで俺も自転車に乗り小豆島へ上陸する。10年ぶりの小豆島は、さほど代わり映えもせず俺を迎えてくれた。早速、走り出したいところだが、まずは情報収集だ。おそらくここに帰ってくるので風呂と寝床は決めておきたい。港のすぐ横のホテルで日帰り入浴をやっているし営業時間も夜10時までなので、これで風呂は決定だ。嬉しいことに温泉である。公園は物色してみたものの、二十四の瞳の銅像がある観光地的な公園で決定。雨が降るようなので藤棚か屋根の下ということになると、ここしか選択肢が無さそうだ。
土庄の港を出発して、まずは土渕海峡へ行く。見た感じは川だが、一応は2つの島の間をにある「海」なのだ。世界一狭い海峡ということでギネスにも登録されている。だから何だと言えばそれまでだが、一応 小豆島の土庄の名物ということで写真を撮って、また走り出す。 |

岡山-小豆島航路 おりんぴあどりーむ号
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世界一狭い 土渕海峡
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ここからは真剣勝負の走りとなる。明日は天気が崩れるという予報を受けて、今日は小豆島の真ん中の山である寒霞渓へのヒルクラムを敢行する。早速、上り坂が始まった。10年前の旅で下った覚えがあるのだが、港までほぼ下り一辺倒だったので登りはじめは早い。西への下りで遠目に見る瀬戸内海の夕暮れが思い出される。昨日の走りが意外とハードだったこともあり足には疲労が隠せない。しかし、まだまだヘタレるわけにはいかない。この先に待ち受けるとんでもない坂に比べれば傾斜も半分以下だろう。左に時折見える瀬戸内海、右には棚田が広がる。そんな小さな絶景を楽しみながら、徐々に上っていく。空荷の人達に追い抜かれつつもマイペースに上がっていく。 |

ヒルクライムの途中で遭遇
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下ったことがあるので、だいたいボリュームとランドマークの位置は読めている。岩が連なる銚子渓のあたりまで上ってきた。一気に傾斜があがるポイントも近くなってきた頃、道の端に猿の群が見えた。飛びつかれないように警戒しつつ、距離を置きながらカーブを曲がっていく。そういう意味では食い物をバッグの外に吊しながらヒルクライムなどをすると猿がいるような地方では危険かもしれない。今まで気にもかけたことは無かったが気をつけないといけないなと改めて思うわけであった。
銚子渓のドライブインと駐車場が見えてきた。そして黄色い看板も見えてきた。堂々と書いてある。「これより3.5km、上り急勾配 走行注意 18%」こんな激坂があるのは分かっていた。今まで走った坂で最大傾斜が下りだったのが納得いかなくて、今回こそは上ろうと決めていたので凹むよりは気合いが入る。一度、休憩を入れて銚子渓の岩山を眺める。こうして改めて見るとごつごつした岩が並ぶ景色というのは壮観だ。
ここで昼飯にしても良いが、ここは気合い一発で上ることにした。力強くインナーのローに入れたギアでペダルを踏み込む。しかし、この荷物の重さと18%という傾斜に完全に力負けしている。全力で踏み込んで辛うじて進むという状況だ。これが3.5kmも断続的に続くと思うと気が滅入る。何度も足を着いても押して歩くことはなく引き返すこともなく進んでいく。それだけがポリシーだ。30歳になって初のツーリングで今までで一番厳しい坂に挑戦できる歓びときつさを楽しんですらいる。ブレーキが焼けてしまった車が突っ込むための砂山(しかも使った形跡あり)をいくつも見送り、ガードレールの柱1本単位で目標地点を決めて上っていく。だんだん太ももの根本の辺りの筋肉に痛みが走り始めてきた。弱いところから順番に疲れて痛み始めて来るものだろう。そんな格闘を続けること2時間半。3.5kmに2時間半もかかる厳しい道のりも終わりが見えてきた。これから越えるだろう山の頂上は間近になってきた。傾斜は一段落することもなく続くが、向こうに分岐と大きい標識の裏側が見えてきた。何が書いてあるのか想像が付く。「下り急勾配 走行注意 18%」とか「ローギアで下れ」みたいなことが書いてあるのだろう。その看板が見えても、ラストスパートとはいかないほどの満身創痍の状態。そして、最後の一踏みを越えて激坂の続いた寒霞渓の上り坂を踏破した。 観光客の外国人から「Good Job!!」と声をかけてもらい、ガッツポーズで応える。今日ばかりは、これを越えた自分を褒めたい。走り抜いた大きな達成感を噛みしめて、寒霞渓の頂上
四方指展望台から寒霞渓の山々と小豆島の下界を眺める。ごつごつと複雑な形をした岩と箱庭のような海と島が下界にかすんで見える。ここまで上った甲斐があったと十分に思わせる絶景だ。
11年前に上った頃と比べて衰えが隠せない満身創痍の体だったが感動するだけの気力と感受性は衰えていない
それだけは実感できた。思えば、自らの意志で坂を上って展望台で景色を眺めてというのは、上り坂が大嫌いだったあのころの自分としては初めてだったと思える地がここで、あのころもここから眺める小豆島の景色と寒霞渓の岩山に感動してから上り坂が徐々に好きになっていたのかなと思う。そして、あのころは
奇しくもこの地でカメラが故障して記憶に景色を焼き付けたが写真は撮れなかった。今度はデジカメは好調なので、気が済むまで写真に収めていく。
安心したら、まだ食べていない昼食ということで空腹感が来た。もう14:30。ずいぶん長い時間に渡って苦戦していたものだ。上ってきた坂を眺めて改めて18%の重みを実感し、上ってきた道とは逆側へと下っていく。しかしながら、逆の方も下りの傾斜の迫力は十分にある。森の中を進むヘアピンカーブをいくつもこなしながら下っていると、時々目の前に寒霞渓の岩山が広がる。しかし、下りの途中で急な上り返しが始まった。もう踏ん張る体力は残っていない。目の前に見えている寒霞渓のドライブインにすらたどり着けない。もう水分を補給するだけの水もボトルには残っていない。休み休み上って何とかドライブインにたどり着いたところで、自販機の前に行き飲み物を買って史上最大傾斜の18%を踏破したランドナーのフレームに缶を軽く当てて乾杯した。 |

銚子渓へ上る道
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18%の上り坂の開始
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インパクト十分な警告看板
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寒霞渓の眺め
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寒霞渓から下界を眺める
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正直、空腹だったが、たまたま居たサイクリストたちと話が盛り上がり、見送ったところで飯にする。飯らしい飯はおにぎりと小豆島名物の手延べ素麺だ。一人寂しくという形にはなるが流し素麺をやることにした。素麺マシーンの調子が悪いのか全く流れなかったり、俺の前だけ猛スピードで流れすぎたりで上手く行かない。少し奇異の目で見られながら一人で流し素麺を満喫する。さすがに味も歯ごたえも十分で美味しい。素麺とおにぎりで満腹となったところで、下りに向けて精神的に準備を始めた。もう足はフラフラだし、下りきった草壁あたりで一泊かと思い始めてきた。現実を逃避するように、展望台で寒霞渓の山々と下界の海を眺めて体力の回復を待った。 山菜採りか何かをして戻って来れなくなった人を救出するヘリの出動を野次馬的に見ながら出発。下りかと思ったら、ゆるい上り返しが始まった。満身創痍の俺の心は折れた。しかし、意外と体は動く。今までの蓄積疲労と足の痛みは何だったのだろうか…。最後の力を振り絞って1km強ほど続いた上り返しの道を耐えたら、明らかに傾斜が下りに変わってきた。 |

手延べ素麺で 独り流し素麺
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ゆるい上り坂が返って積極的休養となったからか、体のキレが戻ってきた。いや、近年まれに見るほどのキレがある。チャリを操る動きがキビキビしている。下りのコーナーを攻めまくりながら下っていく。急な傾斜に急なカーブ。それを楽しむかのように下っていく。精神的にはMTBダウンヒルに参加して林道を下っている時のような状態だ。上りを頑張った分だけ下りを楽しみたい。しかしながら、小豆島の寒霞渓の山には島四国八八カ所ということで寺があり参拝客がいるので気をつけながら下らないといけない。調子に乗りそうな俺の心を鎮めて下っていく。 下りもボリューム満点な内容で終わり、海岸線の道路に突き当たった。すぐに草壁の港もある。ここから先の行動計画をフェリーターミナルで休憩しながら考える。どうも、この近辺には風呂も泊まれるところも無さそうだ。しかも、今夜は確実に雨だし、空も曇り始めてきた。意外とキレてきた体でもって土庄までの20kmを走ってしまうかどうするか迷い始めた。草壁から高松へ渡ってしまうという手も無いことはない。しかし、高松の街でこれから寝床を探すのは厳しい。11年前は高松ではキャンプ地が見つけきれずフェリーターミナルのベンチで寝たような覚えがある。これは、どう考えても土庄へ戻るしかなさそうだ。
雨を予感する東風は土庄へ戻る俺にとっては追い風なのだ。皮肉にも楽な走りが続く。有利な天候条件と戻った体のキレで気持ちいいほど進んでいく。右側に小豆島らしいオリーブ園があったので休憩だ。御当地ソフトクリームということで、オリーブリーフソフトクリームを食べる。オリーブの香りがほんのりと漂って美味い。
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小豆島 オリーブ園
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オリーブ リーフソフトクリーム
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完全に元気を取り戻したところで続きの走りを頑張る。2回ほど小さな峠もあったが思ったよりは軽く越えた。さっきまで、筋肉痛で激痛だった太ももも何ともない。少し薄暗くなったところで土庄に戻った。
寝床も風呂も場所は分かっているので、スーパーを探して買い物に出る。体のキレが戻ったからか夕食の自炊もやる気満々だ。小豆島の魚を買っていって何か美味しいものを作りたい。そこで見つけたのはウマヅラハギと真鯛だ。鯛茶漬け
ウマヅラハギの肝和え という2つのメニューが頭に浮かんだ。どちらにするか迷う。どちらかを選んで野菜系の何かと合わせてしまおうと思う。実家の親にメールして鯛茶漬けの作り方を聞きながら、まだ悩む。来たメールに合わせて材料を買っていたが、野菜系料理でアイデアが浮かばない。もういいやということで両方選んだ。こんなに美味そうな肝付きのウマヅラハギを見逃す手はない。一応、健康のために野菜生活100だけは買っておいた。最近は便利なものですりゴマも袋に入って擦り上がった状態で売られている。海苔も切られた状態で売っている。使い切りだし便利だ。 公園に行き藤棚の下にテントを張った。もう耐久劣化が進んでいるので、まともに雨の下で張ると浸水する。そこそこ頑丈っぽい藤棚に頼るしかなさそうだ。テントに荷物を放り込んで、すぐそこにあるホテルの日帰り入浴の温泉へ行く。残念ながら露天風呂が無く腕は日焼けしていて全くといっても良いほど湯船に浸かれず不完全燃焼のまま風呂を後にした。 |
昼が遅かったのと到着が遅かったのもあって、すでに夜8時半を回り、やっとお腹も空いてきた。かなり遅い夕食を作り始める。米を計量してコッフェルに入れる。水道へと持って行く。しかし元栓が閉められて水が出ない。ピンチだ!!
米の入ったコッフェルを持ってうろついていると、土庄港のバスターミナルに水道を発見した。目立たないように…しても目立つが米を研いでテントの方へ戻る。ボトルに水を満タンにして料理で使う分ぐらいは持って行く。米を炊きつつ鯛茶漬けの仕込みをする。鯛の身を切って醤油と酒に漬け込む。続いてウマヅラハギの身を切り、肝を刻んで醤油に溶く。まだ肝は余っているので刺身の端に添えておいた。鯛茶漬けに使って余った日本酒で軽く乾杯して、ウマヅラハギの刺身をつまみに飲む。肝の溶けるような味がたまらない。新鮮なウマヅラハギが買える小豆島ならではの味だろう。そして御飯が炊けた。醤油と酒で作った汁と鯛の身を御飯へとぶっかける。鯛の身から出たエキスとゴマと醤油の味と御飯が引き立て合う。鯛の身も甘みがあって歯ごたえもあって美味い。極上の材料で作った鯛茶漬けだけあって最高の味だ。
今夜も美味い晩餐を満喫したところで食器を洗いにバスターミナルへ行く。ものすごく目立つが細々とコッフェルを洗う。テントへ戻るころ雨もポツポツと降り始めてきた。テントの前室に洗った食器を置いて眠りについた。 |

小豆島産 ウマヅラハギの刺身
肝醤油
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小豆島産 天然真鯛の鯛茶漬け
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4日目 |
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小豆島土庄、高松市内 |
17.72 km |
2007/05/01 |
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小豆島 土庄 → 高松 |
朝起きたら、外は大荒れの天気だ。突風が吹き荒れ雨が降りしきる。どんだけ〜? というほどの湿布攻撃もむなしく足は筋肉痛。今日は余裕があれば小豆島を一周しようかと思ったが中止を決意した。正直なところ、俺にとっては「恵みの雨」という感じでもある。とは言え、観光地の公園で連泊というわけにもいかないので撤収してフェリーに乗って高松へ行きたい。栗林公園と讃岐うどんでしょう。
天気が悪くやる気が起きないので、テントの中でダラダラとしつつ荷物だけをまとめて、風で飛ばされないように重いサイドバッグとフロントバッグとザックをテントの四隅に置いて、フェリーターミナルの土産物屋さんへ朝食を物色しにいく。ちょうど土産物屋のうどん屋さんが開店した。とろろ昆布が掛かっているだけのうどんだが、麺はふっくらと柔らかく出汁も優しい味で美味い。できたてのお稲荷さんもうどんとベストマッチだ。さすがは香川県。これは期待できそうだ。 |
うどんを食べて店を出ると、降水確率90%だというのに晴れてきた。一気に太陽が顔を見せて空が青くなってきた。やばいほど強い風も吹いてきた。慌ててテントへ戻る。風の強さと日差しを利用してフライシートを乾かす。風でバタバタさせながら日に当てていると目に見えてテントが乾いてきた。フライシートをたたんでインナーテントも端っこを踏みながら手でポールを持って風にばたつかせてグランドシートを乾かす。テントが完全に乾いたところで撤収してフェリー乗り場へと向かった。天気は良くなったが時間も遅いし走り切れそうもないので、安息日ということで高松へ向かう。
フェリーの切符を買って乗り込む。今日は海が白波立っているぐらいなので、相当揺れそうだ。そんな予感は当たっていた。白波にぶつかるたびに激しい水しぶきが窓にかかる。船も上下に強く揺れまくる。そんなスリリングな航海も1時間ほどで終わり、高松港に入っていく。高松の街も目に見えて建物が増えて変わっている。フェリー乗り場は、もっと素朴な感じだったような記憶があるが、すっかりこぎれいで大きな港になってしまっているようだ。
何はともあれ情報収集へ出かける。うどんの名店をガイドブックで探したい。コンビニと本屋を回ってガイドブックを物色する。さすが讃岐と言わんばかりに種類は豊富だ。地元志向っぽい一冊を発見した。場所だけ控えて行けばいいのだが、ここは記念にという意味も兼ねて買っておく。良さそうな店を探して、そのページに固定した状態でフロントバッグの上に置く。そこまでして行っているのに道に迷う。野生の勘で路地を走り抜けて県庁の裏に行くと店は見つかった。店の前は地元の人とおぼしき人達がしきりに出入りしている。
うどん屋の中へと入る。ルールがイマイチよく分からないが人の流れを見ていると先に麺を注文しているようだ。もっと流れをよく見てれば良かったのだが、麺を注文したっきり何をしてよいのか分からないが、見よう見まねでまずは麺の分のお金を払う。その次に天ぷらが並んでるコーナーへと流れていく。具なしで食べるほど通じゃないので天ぷらを選ぶ余裕もないまま取っていく。何だか分からない丸い天ぷら…。そして、店員に呼び止められるまま金を払って、出汁が出てくる蛇口へ。見よう見まねで入れてみる。これもどこまで入れて良いのか分からないが、俺のイメージはぶっかけうどんのように汁が少ないものだったのでとりあえず止めてしまった。そのまま人の流れに押し流されて席へ。自分のペースは全く保てないまま、食べ始めた。汁は少ないがこれが美味い!
しこしこシャキシャキ系ではなく、やわらかい麺だが麦の美味さと滑らかな食感が気持ちよく少なめの出汁で十分なほど旨味がある。取ってきた謎の球体はジャガイモでこれがまた美味い。ジャガイモの天ぷらというのは初めてだが、サツマイモの好敵手現るという感じだ。あっという間に口の中に美味い記憶が流れて昼食は終わった。讃岐うどんの名店、さすがである。そして、これで370円という安さ。370円のうどんのためにフェリーに乗り、本を買い…
そこまでするだけの価値は十分に感じられる一杯だった。 |

白波立つ海を疾走するフェリー
小豆島土庄−高松航路
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一軒のうどん屋を探すために買った一冊
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さか枝のうどん
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今日は安息日ということでヒマなので、県庁前の木のテーブルでたまった日記を書きつつ午後の一時を過ごす。昨日の分まで日記を書き終えたところで、ちょうど15:00。少しぐらい観光をしておきたいということで、栗林公園へ行く。11年前も行ったが改めて行って日本庭園で癒されようという魂胆である。門の横の駐輪場にチャリを止めて、庭園を歩く。かなり広い日本庭園なので色んな変化を楽しめる。場所によって雰囲気が違うので飽きない。香川産の緑茶のペットボトルを一本買って歩き回る。足をやられているので、こういう積極的休養というのがありがたい。中の茶室で日本庭園を眺めながら抹茶でもと思ったが、足が痛くて正座はぜったいに無理なので今回は断念した。椅子に座れる焼き団子屋の香ばしい匂いとおばちゃんの雰囲気と周りで食っている人の表情に負けて一本買ってみる。期待通りの味を楽しみながら庭園の池を眺めて休憩だ。こういうのんびりした日もいいものだと心から思う。
庭園をあとにして高松城跡へ向かう。ついでに寝床も探してフェリーの時間もチェックしようという狙いだ。城自体は天守閣もなく月見楼しかない。四国の海沿いの城と言えばお堀が海水の水城なので池にいるのは鯉ではなく鯛など海水魚である。ただ、鯛も養殖と同じで黒ずんでいて雰囲気はない。こなすように観光して城を出た。
海と駅の間に広い公園があるので、ここでゲリラ的に泊まるしかなさそうだ。場所によってはデートスポット的な雰囲気もあるのでゲリラキャンプも厳しそうである。暗くなってから茂みの奥にこっそりと張ってしまおうと決めて、風呂とコインランドリーを探しに行く。駅前の観光案内所で市内地図を受け取って場所も教えてもらい、次はフェリーターミナルで時刻表を確認する。宇野へ行くのだが、トラックが何台も来ては船に乗り込んでいく。少し粗雑な作りのターミナルには28分おきと書いてある。そして24時間運航なのだ。おそらく瀬戸大橋を渡るより安いからだろうか、トラックがいっぱい来る。何も悩む必要は無さそうなので、銭湯とコインランドリーへ向かう。風呂に入ってサッパリして2Fが1部屋分の民家になっているコインランドリーに洗濯物を放り込んで洗濯と乾燥をしつつ、明日からの走りの作戦を考える。
今日は都市部だから自炊も厳しいので、飲みにでも出かけることにした。少し上品な感じの店のカウンターに座り瀬戸内海の海の幸と日本酒が進む。いい休養になった。シメにはお茶漬けではなく、うどん屋で冷やしぶっかけうどんだ。これで3食連続のうどんとなった。満足である。
俺がテントを張ろうとしていた場所は妖しくライトアップされていたが藪の奥に隠すように張って眠りについた。 |

栗林公園の眺め
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栗林公園の誘惑 焼き団子
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香川茶
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5日目 |
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高松 → 宇野 |
2007/05/02 |
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高松市内、宇野 → 児島 → 倉敷 |
69.44 km |
特に追い出されることも起こされることもなく朝を迎えた。小雨が降ったのか地面は濡れている。俺がテントを張ったところは木が茂っていたので雨からは逃れていたようだ。ささっとテントをたたんで公園をあとにした。
フェリーに乗る前に朝飯を食べておきたい。いや朝飯というより四国を後にする前にうどんを食べておきたいというのが正しい言い方だろう。早朝から営業している高松駅前の味名登家へ行く。朝早くから活気のある店である。香川的なセルフスタイルだ。ぶっかけうどんを頼み、そこにあるカボチャ天とイモ天を選ぶ。どちらも大きめに切ってあってホクホクしていて美味い。うどんの付け合わせになってしまっているが、天ぷらだけでも文化として語れるほどのモノがあるのではないかと香川に来ると思う。うどんは太めの柔らか麺で出汁とよく絡みあって美味い。出汁は薄目の味だが、これでも十分なほどうどんがうまい。
朝から満足してフェリーターミナルへと向かう。プロ用のフェリーは既にトラックが数台待っていた。チケットを買って俺もフェリーへ乗り込む。28分に1便かつ24時間営業という瀬戸大橋以上の大動脈とも言えるフェリーに何となく「男」を感じる。がさつな作りといい客層といいプロのためのフェリーという感じがして熱い。そして高松港を出港したフェリーは宇野へと向かう。1時間弱の間、昨日とはうってかわって静かになった瀬戸内海を進んでいく。どこに行っても小さな島が続く景色、そして宇野の湾に入る。ここも半島や島が続いていて変化の多い海の風景が楽しめる。海の景色と隣のボックス席の赤ん坊をあやすのを楽しみつつ宇野港に到着し、俺も車両デッキの方へと降りていく。
トラックたちに続いて俺も宇野に上陸した。まずはフェリーターミナルで情報収集と支度をして西へと向かう。しばらく現実離れを楽しんだ四国と小豆島を後にして、これからは真剣にゴールである今治を目指す走りが続く。そんな気合いを入れるように力強くこぎ出した。もう疲れは残っていない。相変わらず遠くに小さな島を見ながら進む瀬戸内海沿いの道を満喫しつつ進んでいく。微妙に曇る空とかすむ海の沖から瀬戸大橋の姿も見えてきた。 |

高松駅前 味名登家
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ぶっかけうどんとイモ天・カボチャ天
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高松→宇野のフェリー
トラックばかりだ。
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一瞬内陸へと浮気した後で、渋川海岸へ出る寸前に藤まつりなる看板が見えた。どうせ地元の小さなお祭りだろうと高をくくりつつも渋川海岸のリゾート地のようなところで休憩をしつつ…と思って寄り道をしてみた。藤棚があってそこで祭りとなっているわけだが、この藤棚が立派。長さにして500m近くあり祭りの会場をぐるりと囲むようにトンネルが続いている。思わず全ての区間をチャリで流してみる。ちょうど満開の紫とピンクと白の花がみごとに咲いて甘い香りをも漂わせている。すっかり満喫したところで調子に乗って海岸にも出てみた。ここでストレッチをしつつ海と瀬戸大橋を眺めていく。天気は微妙に悪いがかすんでいる向こうに瀬戸大橋は見える。何とか鷲羽山のあたりに行くまでに晴れてくれれば最高なんだが…と願いながら、体を伸ばしていく。
渋川海岸の公園を後にして、しばらく海沿いの気持ちいいルートが続く。右は不思議な岩の出っ張りが続く山、右は瀬戸内海の浅い感じの色の海。正面は瀬戸大橋。海岸沿いの醍醐味が満点のワインディングロードを気持ちよく走りチャリを操っていく。海沿いというのは単調なようで不思議と飽きないものだ。
そんな海岸沿いの走りをひとしきり終えて児島にたどり着いたところで観光と行きたい。瀬戸大橋架橋記念館を探すために児島の観光港へ寄ってみる。イマイチ、有効な情報は手に入らない。続いて児島の駅に行ってみる。ここでもイマイチ情報が手に入らないので野生の勘で探してみる。曖昧な情報を頼りに探すと見つかった。アーチ型の建物で瀬戸大橋架橋記念館と書いてあった。記念館の外では遠足の小学生がごった返して俺の自転車を訝しげに見ている。何人かの子供は挨拶してくるのが気持ちいい。自転車を置いて颯爽と館内へ入っていく。館内は瀬戸大橋の工事にまつわる展示と世界の橋についての展示がある。無料ながら見応えは、まあまあある。 |

渋川海岸 藤まつり
こんな藤棚が続く
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瀬戸大橋 架橋記念館
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時間はやや早いが鷲羽山へのヒルクライムを前に昼食へと向かう。児島の街自体は観光地っぽい感じでもなくホントに現実的な食事どころしか見つからない。探しつつ走っていると遠くに回転寿司の看板が見えた。回転寿司とは言え瀬戸内海の海の幸を意外と満喫できるかもしれないということで意気込んだ。予想通りに回っているネタの多くは地魚で、そりゃあ海沿いに住んでいる人から見れば大した魚ではないかも知れないが、内陸住まいで魚に常日頃から飢えている俺には、かなり美味い回転寿司に思えた。
すっかり満足したところで、鷲羽山へと向かって走っていく。軽くアップダウンする海岸沿いを走りつつ右には観光地化された山を眺める。そして、いよいよ上り坂が本格的に始まった!
と意気込んでペダルを踏み込んでいく。あっという間に坂を上り終えて一つめの展望台へたどり着いた。どうも、鷲羽山の山頂へとさらに登る道があるようなので、もう一つ気合いを入れて登っていく。細くて急な坂を登って、階段へと突き当たったところで自転車を置いて、さらに階段の上の方へ歩く。ごつごつした岩が並んでいる山頂にたどり着く。大した登山とは思えないボリュームだが、眺めは凄い。小さな島が不規則に並ぶ真っ青な瀬戸内海にかかる真っ白な瀬戸大橋、目の前には不思議な形をした岩が並ぶ鷲羽山の稜線。これは登った甲斐が十分にあったと思える眺めだ。上り坂としてはMの自分には物足りなかったが、景色は素晴らしい。 |
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鷲羽山からの瀬戸大橋の眺め
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山を下って下津井の廻船問屋の街がある場所へ向かう。しかし、そんな古い街並みはどこにも見つからずスルーしてしまう。ここからは退屈な道が続いていく。児島・水島の工業地帯を左に見ながら倉敷の市街地へと向かって北上していく。風はありがたいことに追い風なのでペースは順調に伸びる。今日は倉敷を通り過ぎてどこまでいけるかの勝負かなと思っているだけにありがたいことだ。
しかしながら倉敷市街地へ着いた時点で、走りとしてはもう十分かなという感じと、どうせなら倉敷の美観地区でゆっくりしていきたいという気持ちにもなってきた。そうなってしまえば、もう宿も倉敷市内に決まりだ。しばらく美観地区を観光し、寄り道をしたり写真を撮ったりして楽しむ。豆菓子専門店の豆吉本舗へ立ち寄り、いろんな豆菓子を試食しつつ選ぶ。全種類を試食できるところや、豆占いなどサービスも充実。そして豆菓子はどれも迷うほど美味しい。甘い豆菓子とビールに合うようなしょっぱい系の豆菓子の両方を選んで店を後にする。
観光もこれまでにして寝床と風呂をさがさないといけない。ということで駅へと向かう。駅の2Fにある観光案内所へ行き情報収集をする。まずは市内地図を入手して、受付のお姉さんに風呂の場所を教えてもらう。冷静に地図を見ながら寝床探しの作戦を立てて自転車に戻るとアジア系外国人と思われるサイクリストと会った。割と流暢な日本語で「今夜はどこにキャンプしますか」と聞いてきたので、さらっと日本語で答えたら「すいません 日本語は分からないです」ということなので地図を見ながら「I'll go to this park or this park.Let's go together」と中学英語のレベルで会話をして公園へと向かう。正直、距離も規模も予想が付かないまま向かっていく。俺は英語は苦手なので会話は少ない。いや喋りたいことはいっぱいあるが英語が出ないのだ(笑) 何しろTOEICを受験するリスニングで今何番をやっているのか分からないほどの英語力だ。何とか公園へとたどり着いた。大きな池があって木もいっぱい生えていて、トイレも水道もきちんと整備されていて、キャンプにはうってつけの公園だ。一緒に来た彼は今まで宿探しに苦労していたようで この公園を絶賛だ。続いて風呂だ。これは、さっき観光案内所のお姉さん(たぶん年下だけど)から教えて貰って印も付けて貰ったので楽勝に見つかるだろうということで駅前へと戻る。少し変な方向に入る商店街で、一筋縄にいかない雰囲気だ。倉敷の少し渋い雰囲気の商店街を駆け抜けて住宅街の中に出た。ふと空の方を見ると一軒だけ煙突のある家がある。どうもあれが銭湯ではないかという勘のもとそこへと向かう。大当たりである。公園探しから風呂探しまで非常にスムーズな流れに「Good job!」と言われた。たまたまではあるが日本のベテランサイクルツーリストの意地を見せた形となった。 |

倉敷 美観地区
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豆吉本舗 豆菓子専門店
(倉敷 美観地区内)
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こんな味のある路地もあるんです。
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風呂へ入り、サッパリしたところで、また公園へと戻る。今は名前の無くなったチボリ公園のライトを横目に通り過ぎて、スーパーに立ち寄る。俺は自炊の食材とビールを買っていく。彼も酒は飲むどころか、思いっきり日本酒を買っていくほど酒豪。負けてられるか!と言いたいところだが、俺はビールだけでやめておいた。美味しそうな穴子が見つかったので穴子飯にしようということで買っていく。汁物が何か欲しいということで、豚肉とニラと豆腐を買っていく。豚汁とニラのみそ汁をコラボレーションしてみようという寸法だ。買い物を終えて二人で公園へと向かっていく。
まずはテントを張って、俺は米を研いで水を吸わせる。その間に乾杯だ。酒が入れば俺の単語つなぎの英語は調子が上がってきた。見た目はアジア系だがオーストラリア人のピーターとすっかり意気投合してしまった。生活の話、将来の話、自転車の話、車の話… いろいろと盛り上がった。俺の穴子飯も狙い通りうまくできた。御飯の蒸らしの間に余熱で穴子を暖めるという狙いも当たった。そして初の試みであるニラ豚汁もうまくできた。しかし、具とのバランスを考えて作りすぎてしまったので、半分ピーターに食べてもらった。我ながら美味くできたとは思いつつも具だけは全て平らげて汁は飲みきれないので土に返した。
食器を洗いながらも、写真を撮ったり話をしたりで盛り上がって、良い気分のまま眠りについた。出会いに感謝したい。そして英語力を。 |

岡山産 穴子の穴子飯
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ニラの豚汁
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6日目 |
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倉敷 → 笠岡 → 福山 → 尾道 |
91.31 km |
2007/05/03 |
気持ちよく目覚めて買い置きの朝飯を食いながらピーターの撤収を待つ。美観地区までは案内することになった。気持ちいいほど晴れた空の下で公園を撤収し、美観地区へと向かう。俺は昨日も12年前も来たので、さほど大きな感動はないがピーターはこの景色にかなり感動していた。広島から走り始めて観光らしい観光は何もできなかった彼にとって、今日の美観地区は衝撃だったようだ。しきりに俺にありがとうと言っている。昨日、俺が豆菓子を買った豆吉本舗へ行き彼のお土産を選び、美観地区の街並みを一緒に歩きつつ過ごす。桃太郎ミュージアムなんかにも寄っていく。
そんなこんなで11時頃まで美観地区に入り浸ってしまったが、俺はここで彼と別れて、西へと向かう。お互いに良い出会いに感謝である。ここからは現実が始まる。良いことをしたとは言え、当然ながら走りは大幅に遅れている。遅れを取り戻すように焦る気持ちとは裏腹に強い向かい風に吹かれて苦戦する。熱い太陽と強い向かい風… 楽ではないが今日は意外と足が動く。そのまま踏ん張っていると風はおさまってきた。
海沿いを西へ西へと快走し始めた。出遅れを着実に取り戻せる走りになっていく。鞘の浦を回らなければ夕方のリーズナブルな時間帯に尾道までたどり着けるのではないかと思えるペースになってきた。笠岡諸島を向こうに見る海岸を無心に走り、笠岡までたどり着いた。笠岡というとカブトガニの繁殖地ということで、海岸沿いにもそんな看板が立っている。
小さな湾の奥にカブトガニ博物館がある。そこに寄り道をしてみる。古生代のカブトガニにちなんで恐竜のモニュメントが並ぶ公園にカブトガニを模した建物がある。せっかくだし中に入ってカブトガニの生き様を学んでみたい。あやしい形をした建物へと入っていく。中は割ときれいな感じの博物館である。大きなスクリーンでの映像展示もあれば、歴史的なところから生態的なところに標本、生きているカブトガニも見れる。なかなか見応えのある博物館である。この不思議なカブトガニたちを守っていってほしいものだ。
カブトガニ博物館から丘を一つ越えて農道を抜けて国道2号線に合流する。ここから福山まで退屈ではあるが日本縦断でも走った懐かしい道が続く。あのころは草津→神戸から患い始めた左膝の痛みに苦戦しながらも、岡山県笠岡市→広島県福山市の県境の峠を越え、峠からテンションが上がって膝の痛みも克服できたのを思い出す。だから、結構なボリュームの峠を見込んでいた。真夏の灼熱の太陽に照らされてダラダラと長かったような覚えがある。いよいよ上り始めた…と思ったら、割とあっさりと県境が見えてきた。あのころより体のキレがあるとはとても思えないが、ボリュームを見込んでいたのがあっさり終わったのでほっとした。
やはり県境を越えるとテンションが一気にあがる。車の流れに乗るようなスピードで車道で坂を下って福山市街へと向かっていく。一気に都会めいてきた。まずは福山駅のすぐ裏にある福山城を目指したい。せっかくなので、いつも新幹線から見ていた城に寄ってみたい。車通りの多い福山を走り都会度があがってきてピークのところで案内看板に従って右折してみたが、その後は看板でのフォローはない。野生の勘だけで城を目指して走っていく。ビルの間から天守閣が見えてきた。少し丘になっている福山城の麓に自転車を止めて、歩いて少しの石段と坂を登って城へとたどり着く。5重に連なる天守閣がなかなかみごとなものである。藤棚とちょっとした庭園と城、石垣からは福山市内を軽く眺める。 |

笠岡 笠岡諸島を眺める
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カブトガニ繁殖地
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カブトガニ博物館
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福山城 天守閣
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気分転換も済んだところだが、鞘の浦経由で尾道へ行くには時間が既に16:00と遅い。無理も禁物と判断し、国道2号線の最短ルートで尾道へと向かうことにした。つまり、尾道までのルートも日本縦断と同じだ。颯爽と国道2号を走っていると、後輪が左右にブレ始めた。縦方向の振動を感じなくなってきた。パンクだ…。正直、アンチTOYOTAだが、定休日のTOYOTAディーラーの前で自転車を倒して後輪を外す。タイヤの外からも2カ所ほど異物が見える。もう一つやばいことにタイヤのサイド側にクラックが見える。もうゴールである今治までは150kmあまりなので逃げ切れるとは思うが不安ではある。チューブを外してタイヤから異物を抜いてスペアチューブと交換して空気を入れる。空気を入れ終えたところで既に16:30。1時間はかかると思うので尾道にたどり着けるのも18:00かそこらになるだろうか。もう尾道市内を観光する余裕はなさそうだ。
何はともあれ尾道を目指して走り出す。目の前を走っていったサイクリストを追い越して、国道2号線をひた走る。トラックも車も多い幹線国道である。徐々に路側帯が狭くなっていく。標識には自転車走行禁止とも書かれていないし、すぐそれなりの広さに戻ると思って走っていたが、徐々に上り始めた上に防音壁に囲まれた道は徐々に狭くなる。しまいにはトラックに煽られて怒鳴られる。俺も「うるせぇ さっさと追い越せ 下手くそ」と怒鳴り返す。気付かぬうちに12年前は無かったと思われるバイパスに入っているようだ。しかもトンネルも多い。こればかりはやばそうなのでトンネルだけは歩道に入る。旧国道2号へのアプローチが全く看板が出ていないので走りにくい。
そんな苦戦した国道2号バイパスもとうとう自転車走行禁止の標識が出てきたのでICを降りる。坂を下って海沿いに出て、何となく見覚えのある旧国道2号線と思われる道に出た。ようやく落ち着いた走りを取り戻した。夕日に照らされる海の向こうの向島に尾道大橋を見つつ尾道の市街地へと向かっていく。昔、シティーキャンプをした公園が見あたらないまま、すっかり変わり果てた尾道駅前に着いた。
何とか尾道にたどり着いた喜びよりは、12年前も11年前も泊まった公園がないので寝床に困るのは目に見えている。GWまっただ中なので宿も取れそうもない。観光案内所も閉まっているし、情報収集にも手間取る。明日からの しまなみ海道の回数券の入手も難しそうだ。しかも、今日は洗濯もしないといけないので忙しい。まずはコインランドリーを探すことにする。11年前に行った銭湯があれば、今までの経験と勘からして銭湯の近くにコインランドリーはあるので探しやすいだろう。記憶と勘を頼りに駅の裏側へと入り、サティーを探す。ちゃんと撤退せずに元気に営業していた。サティーの裏に銭湯があったはずだ…と思いながらサティーの周りを回っていると、広場だけながら公園も見つけた。寝床決定である。そして銭湯もイメージ通りに見つかった。そこから、周辺検索でコインランドリーを探す。今はケータイのEZNAVIで簡単に探せる。至近距離にありそうだ。一応、場所だけ確認しにいく。しっかり見つかった。営業時間も確認したところで風呂に入りにいく。11年前だって自転車の旅はどうにでもできていたが、あのころと比べても尾道にいる俺の段取りの良さは進んでいる。すっかりベテランの域に入ってきたなと自分でも実感し、喜びにひたりつつ、いろんな出来事があった今日を振り返りつつお湯に浸かる。
風呂でサッパリしたところでコインランドリーへ行き洗濯しながら、たまった日記を書き散らす。洗濯と乾燥の間だけで、かなり進んだ。洗濯物を圧縮袋に詰めたところで、今日は尾道の街中へ飲みに行く。渋くて雰囲気のいい尾道の海沿いと商店街を自転車で走りつつ店の候補を決める。少し高そうな雰囲気のよさげな店は何軒かあった。しかし、商店街へと折り返したすぐのところの店にピーンと野生の勘が働いて引き寄せられた。こぢんまりしてざっかけない雰囲気の店に手書きのメニュー。俺はカウンターの端っこに座る。テーブル席には地元民と思われるお客さん、カウンターは観光客と思われる一人の男と女性二人の客。俺は、誰がどこから見ても観光客だろう。マスターも気さくで人のよさげな人、店員の女性も落ち着いた女性と明るい女性。とにかく雰囲気がよくアットホームである。料理も普通においしいし、当然ながら刺身も新鮮そのもの。カウンターの男と話は盛り上がり、マスターとも話は盛り上がり、カウンターの女性二人とも話が盛り上がる。さらに店員の明るい女性は私が今住んでいる同じ栃木県の烏山出身で今日が誕生日。栃木話に誕生日おめでとう話に盛り上がってしまう。 |
最後まで残った客である俺は、そのまま閉店した後も店員さんたちと遅くまで飲みまくる。何となく運命のようなものを感じて引き寄せられた 店ですっかり尾道の夜を楽しんでしまった。
完全に酔っぱらった状態でテントを張る予定の公園へと向かう。誰もいない尾道の商店街のど真ん中を気持ちよく走り抜けて、線路の高架下をくぐって公園へ入る。フラフラしながらパッキングをほどいてテントを張る。ポールにテンションをかけてドーム型にするのだが、そのとき、「ピキーン」と穏やかならぬ音がした。何とポールのジョイント部分が折れている…。しかし大雑把な俺は そのままテントを無理矢理張って寝た。 オーストラリア人の旅人 ピーターさんの事、パンクなどのトラブルもありつつも尾道へたどり着けたこと、ベテランとしての落ち着いた行動、尾道の夜、メールも返事が来て安心したし、本当に充実した一日となった。もう3回目の訪問だが、やっぱり尾道は好きだ。 |

尾道で立ち寄った 居酒屋の中
(訳あって 次の日の朝 撮影)
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7日目 |
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尾道 → 向島 → 因島 → 生口島 → 大三島 |
57.56 km |
2007/05/04 |
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尾道 → 向島 |
しっかり二日酔いで目覚め、テントも崩壊寸前まで来ていた。昨夜は何があったんだろう…と眠い目をこすりながら、痛い頭を抱えながらテントを出る。まだ朝は早いのでポールにガムテープを巻いてまた寝る。しかし、そのガムテープもブチッとあっさりと弾けてポールは折れてテントは崩壊する。飲み過ぎて、かったるい体を動かしながらテントを片づけて公園を後にする。どう見てもサングラスがない。昨夜の飲み屋に忘れてきた可能性が高い。
また尾道の市街地へ行く。飲み屋を探そうにも、どうせこんな時間じゃ誰もいない。まずは市内で、しまなみ海道の情報収集をする。結局、橋の回数券は見つからなかった。10時になったところで商店街を走りながら、昨夜の飲み屋を探す。こうして逆行して探すと意外に見つからないものである。入り口が服屋で奥に店があるような形だった覚えはある。夜は他の店のシャッターは全て閉まっていたなかの飲み屋だったんだが昼に探すと分からないものだ。開いている服屋が見えた。奥には居酒屋から食事処に姿を変えて開店準備をしているマスターの親父さんがいた。聞いてみたら、やはりカウンターにサングラスの忘れ物はあったようだ。それを受け取って店を後にする。
朝食は汁物とか麺類ということで尾道ラーメンを食べに行く。特に店を一生懸命に選ぶようなつもりもなかったので駅の隣の店へと入る。店選びがイマイチだったのか、まあ普通といえば普通のラーメンである。これと言って大きな特徴もないが、せっかくの御当地ラーメンなので楽しんでいく。 |

尾道の商店街
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行商で鮮魚の直売
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尾道ラーメン
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銭湯を改修した店 大和湯
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尾道を出発して、しまなみ海道の旅へと進む。まずは、坂をガンガン登って尾道大橋でも良いのだが、橋自体は交通量が多くて眺める余裕もないし、正直つまらないし、あまり推奨されていないので、向島への渡船で渡ることにした。自転車と軽自動車ぐらいしか乗れなさそうで料金を徴収しているのは、一人のおばあちゃんということで、味のある船に乗り込む。乗り捨て可のレンタサイクルが大人気で、しまなみ海道へ向かう素人っぽいサイクリストも多い。なぜか、おじさんと話が合ってしまう。小さな海を眺めながら、すぐそこの向島(むかいじま)へと向かっていく。すぐ上陸するのかと思ったら、入り江の奥の方まで船は入っていく。船の上でおばあちゃんに150円払って、船を降りて向島へ上陸する。もちろん輪行も不要なフェリースタイルだ。
いよいよ、11年ぶりの しまなみ海道 逆走ツーリングの開始だ。11年前は橋が未開通の区間が2カ所ほどあってフェリーで渡ったし、まだまだマイナールートで今ほどは観光地化されていないし、サイクリストも見かけないコースだった。さほど広いわけでもない向島(むかいじま)なので、あっという間に次の橋が見えてきてしまう。静かな海と対岸に浮かぶ島、向島(むかいじま)は尾道に近いからか停泊している船が多い。少し雑然としたような感じがする、でもそれもまた味があるものだと感じる。
向島(むかいじま)はあっという間に通り過ぎ、因島(いんのしま)へ渡る因島大橋への坂を登っていく。白い立派な吊り橋を横目に見ながら緩い自転車道の坂を上がる。しまなみ海道の各橋への道は全てこんな上り坂がある。気のせいかも知れないが、11年前に来たときより傾斜は緩いような気がする。観光客向けに傾斜が緩く長くなるように工事し直したのだろうか、そんな感じもする。この坂を登ると展望がひらけて島と島の間の海と橋がみごとに見える。因島大橋の自転車道はキャットウォークのような場所なので橋の柱とかフェンスが邪魔で開放感はない。吊り橋の上をちゃんと走りたいのだが、車道の下に設定されるのだ。
橋を渡り終えると監視カメラ付きの料金箱があり、50円を放り込む。しまなみ海道で注意が必要なのは橋の料金だ。無人の料金箱にお金を入れるわけだが50円単位のところが多い。細かいのが無いときにお釣りも出ないし両替機もない。橋へアプローチする前に50円玉を用意するか回数券を購入する必要がある。スタンプをノートに押して坂を下り因島へと上陸する。ちょうど昼時になってきたので、因島(いんのしま)で昼食としたい。坂の上から因島(いんのしま)を眺めると坂のすぐ下の大浜崎公園で祭りが開催されているようだ。寄り道しつつ祭りの露店の飯でもいいかなと思い、そこを目指していく。今日はGWだけあって橋を登る自転車も下る自転車も多いし、公園に止まっている自転車も多い。すっかりサイクリスト天国になっているのが少し楽しい。俺は寄り道の回数だけは誰にも負けないサイクリストでありたい。 |

尾道から向島への渡船
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尾道水道 この雑然とした感じがいい
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向島(むかいじま)の海岸線の道
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因島大橋内 自転車・歩道
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因島大橋を眺める。因島側 大浜PA展望台
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祭りでにぎわう公園内で昼食を買い集める…。はずが、まだ昼だというのに どの露店も軒並み「売り切れました」と看板を出してぼーっとしている。何このバカみたいに慎重な在庫…。少しいらつきながら何とか手に入れたのはカレー。一応、本格的に煮込んだものみたいで、この体たらくで在庫があっただけ幸運かも知れない。デザートのデコポンも買って、やっと昼食にできそうだ。芝生の上に座ってカレーを頬張る。辛いモノが苦手な俺だが美味しく食える味だ。そして汁がたっぷりの島のデコポンがうまい。昼飯を食っていると因島の村上水軍太鼓の演奏が始まった。この地方に伝わる伝統芸能だけあって迫力はある。ただ、普通といえば普通だ。
大浜崎の公園を後にしてサイクリング推奨ルートとは逆回りに島を回る。しまなみ海道を縦断するルートは一応、推奨ルートが設定されているが、俺は完全に無視して好きなところを選んで回っていく。少し天気があやしくなってきた海沿いの道をまったりと走る。急ぐ理由もないし、急いではもったいない。気に入った島と海があれば写真を撮って立ち止まって。走りとしては捗らないが、最後の最後は推奨ルートを真っ直ぐ走れば今日の目標地点の大三島にはどうにでもたどり着けるだろうし焦りは無い。
ちなみに因島はポルノグラフィティの二人の出身地ということなので、今日のサイクルステレオシステムから流れるBGMは当然ながらポルノグラフィティだ。歌いながら走るぐらいの勢いで走っていく。
そんな歌声も止まるほどの坂を迎え撃って、因島 村上水軍城へ登っていく。壁のような坂をグイグイと踏み込んでいく。お土産屋と駐車場と博物館がある広場のようなところで坂は終わって階段が始まる。海を監視できるようにということで高台に小さな城を造っているのが水軍城の特徴でもあり、おれのようなヘビー級サイクリストには厳しい立地条件である。すっかり息上がるような状態で城にたどり着いた。お金を払って城の内部も博物館も見ていく。ホントに小さな城だ。この辺りでは結構な勢力を誇っていたはずだが、最低限の作りで派手さは全くといってもない。ところ変われば城の姿も全く違うもので、面白いものだ。海の勢力とだけあって宝物館に保管してあるものも、当然ながら海に絡むものが多い。
激坂を下って因島(いんのしま)の旅も終わりに向けてポルノグラフィティのM-CABを流しながら歌いながら走っていく。これも、さほど大きな島ではないので島を内陸から横断するのも、大した距離はない。また海沿いに出て、今度は対岸には次の島である生口島(いくちじま)が見える。道の先には生口島(いくちじま)へ渡る生口橋が見えてくる。今度は吊り橋ではなく斜張橋である。開放感もあってデザイン的にも好きなタイプの橋だ。何台かのファミリーサイクリストを追い越しながら坂を登って橋へと向かっていく。これも登れば登るほど海の眺めがひらけて橋がかかるみごとな景観が広がっていく。坂を上り詰めると橋へと入る。これにて因島(いんのしま)の走りも終了だ。あれほどポルノグラフィティ流しまくったが、ファンらしき人からの注目を浴びることもなく右から左に受け流されてしまったようで少し不発の勘があって寂しい。
ここでも料金箱に50円を入れて、坂を下っていく。そんなに広い道ではないし歩行者の姿もちらほら見えるしすれ違う自転車もいるのでスピードを控えめに下っていると、夫婦のMTB2台が有り得ないようなスピードで追い越していった。もう少し、頭と気を遣って欲しいものだ。最近の自転車ブームでレベルの低いサイクリストが増えているのも残念な事実である。しまなみの橋の下りはスピードを出して下るには危険すぎる。 |

因島での昼食。デコポンが美味い!
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因島水軍太鼓
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因島水軍城
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生口大橋 海上橋の上を走る快感。
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生口大橋 橋の向こうは生口島
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因島の海岸線 小さな島が幾重にも重なる
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島へ降りたら、11年前に走ったルートと同じになってしまうが島の北側の海岸を西へと向かう。のんびりと海を眺めながら5kmほど走ると耕三寺(こうさんじ)にたどり着いた。拝観料は若干
高いが派手な作りでキラキラして赤い塗装でいかにも瀬戸内海らしい明るいお寺である。とは言え、まずは耕三寺(こうさんじ)のすぐ近くにあるアイス屋で御当地のジェラートを楽しむ。生口島(いくちじま)産のレモンとデコポンのアイスといきたい。本当は塩アイスが名物のようだが柑橘系の方が惹かれる。一本調子のオレンジではなく、デコポンの甘酸っぱさと香りが心地よい。レモンも嫌らしい酸っぱさもなく
いい味が出ている。かなり当たりだ。
11年前も観光したが、今回も耕三寺(こうさんじ)へ寄っていく。寺の中の建物がみごとなのは、もちろんで花も満開で気持ちいい。ツツジと藤の花が満開で派手な寺をさらに飾る。瀬戸内の暖かい日差しに照らされて輝く寺との相性がすばらしい。ちなみに、ここは西の日光東照宮と呼ばれているが、栃木にいながら日光東照宮には行ったことがない俺であった。 |

ドルチェのアイス
(左:デコポン、右:レモン)
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耕三寺 本殿
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耕三寺 五重塔とツツジの花
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耕三寺(こうさんじ)を後にしてから、さらに西へと向かう。少しお祭りの気配のある派手で渋い商店街を抜けてサンセットビーチと呼ばれている海岸線へ出て走る。少し傾きかけた太陽に照らされ始める大三島(おおみしま)と生口島(いくちじま)の間の静かな海とそこに浮かぶひょうたん島。「ひょっこりひょうたん島」のモデルにもなった島や海を見ながら多々羅大橋の方へ向かっていく。左には柑橘系の農園と丘、右には海、正面には立派な斜張橋の多々羅大橋を見て走る。右の海は徐々に傾いて赤みを帯びてきた太陽に照らされて雰囲気がいい。
一気に多々羅大橋まで行って大三島(おおみしま)に渡ってしまおうかと思っていた俺の足をぴたりと止める路肩の産地直売の柑橘類に目がとまった。これも何か運命的な引き合わせではないかと後から考えると思う。立派な毛筆で書いたレモン、はっさく、安政柑と書かれた籠と人の良さそうなおばあちゃん。レンタサイクルで回っている俺と年は近そうな娘と母。今日の夕食のデザートにでも買っていこうかと決めた。人の良さそうなおばあちゃんは、はっさくをどんどん試食させてくれる。それだけでお腹がいっぱいになりそうなほどに。今日の午後に収穫したばかりということで、汁気があって本当に美味い。そこにいた母娘とおばあちゃんと話が弾む。いろんな知らなかったことを知った。無農薬栽培の生口島のレモンは皮ごとかじれる。そして完熟して収穫したレモンには輸入物でスーパーに売られているレモンと違っていやらしい酸っぱさはない。心地よい酸っぱさに甘みと香りがある。そして皮もほろ苦く肉厚で美味しい。これが本来のレモンの姿なのかと産地で知る喜び。レモンの花は薄い紫と白で実の色からは想像もできなかったもので、レモンの葉は握りつぶすと果実以上に鮮烈な香りが出る。モノを知る感動、人とふれあう感動、旅の醍醐味はここにあるという感じである。小一時間ほど話し込んで、出る前にはっさくを買っていこうとしたが、結局
ただで2個くれて、レモンも葉と花と実が付いているものを1つくれた。何とも人の良いおばあちゃんだ…
笑 |

右の方に見える小島が、
ひょうたん島
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柑橘系 直売
書道の名人の作で字に迫力がある。
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レモンの枝と花と実
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ハッサク(試食)とレモンの葉
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すっかり温かい気持ちになったところで生口島を後にすべく走り出した。さっきよりも、さらに傾いた太陽に照らされるオレンジ色の瀬戸内海に多々羅大橋。これはしまなみ海道では随一の絶景と言えるだろう。今季は仕事はやりがいのあるものになりつつあるが、疲れを取って次の休みまでの活力を得る旅、この景色や人のふれ合いに充電完了だ。また次の休みまで頑張れそうだ。時間帯が時間帯だからか、すっかり人の気配もまばらになった多々羅大橋への上り坂を登っていく。左にはレモンの農園が広がり、右は夕日に照らされた瀬戸内海と大三島、右前には夕日に照らされてオレンジ色に見える白い多々羅大橋。そんな時間限定で訪れる雰囲気の良い道を楽しみながら橋へと向かう。
今まで渡った橋の中では海からの高さは一番高いのではないかと思うほどの橋。11年前は開通していなかったし、新鮮な気持ちで走れる。橋の橋脚の間に「多々羅の鳴き龍」と書かれた看板があったので、案内通りに試しに手を叩くと反射して何重にも聞こえる。そんな不思議な場所も楽しみ、もう誰も走っていない橋の上を独占するように渡っていく。橋を越えたら地図上では愛媛県に突入。しかし、そういう看板は道路上のどこにも建っていない。県境を示す表示ぐらい欲しいよなぁ。
多々羅大橋から大三島への下り坂の途中では丘を渡るように鯉のぼりが泳いでいる。明日は5月5日で端午の節句ということで季節感を満喫する。夕日に照らされて、ゆったりと泳ぐ鯉のぼりたちがいい風情を醸し出す。
まずは坂を下ってから買い出しに出る。大三島の井口あたりで店があったような記憶は無いが、とりあえず勘だけを頼りに走ってみる。2kmほど行ったところでA-COOPを見つけた。しかも閉店10分前。慌てて駆け込んで夕食の食材を買い込む。おそらく今夜は最後のキャンプになるだろう。カツオのたたき、ニラ豚汁、御飯というラインナップで決定だ。島の地魚で刺身といきたかったが、あまり良いものは見あたらなかったのだ。
すっかり暗くなった道をキャンプ場へ向かって走る。さっき降りてきた橋のたもとにあるのでわかりやすい。しかもコンビニも風呂も近い。まずはテントを張りに行く。受付は完全に閉まっているので、とにかくテントを張って後で金を払うなりすればいいだろう。折れてるポールに太めのアルミの板を当ててガムテープで巻いて固定し、折れたポールによって破れたテントのフライシートの穴をガムテープでふさぐ。もう、本当にボロボロとなったテントだ。今夜を最後の一泊として夏までに買換えよう。何とかテントは張れて荷物を放り込んだ。
近くの風呂まで行き、露天風呂も満喫してテントに戻り、料理を開始する。海に面したキャンプ場で海のほうを向いて食事だ。難なく飯も炊きあげて、カツオのたたきと豚汁に入れる豆腐を半分冷や奴にしてつまみながら最後のキャンプで飲むビールを満喫する。倉敷で編み出したニラの豚汁が今日も美味い。
今日は、しまなみ海道ということもあって内容てんこ盛りで充実だ。天気予報では昼から雨と言われていたが、未だに降る気配もない。明日も逃げ切れたら凄いことだが、何とか逃げ切りたいものだ。夕日が見えただけにのぞみは濃い。 |


生口島
多々羅大橋への上り坂から見る夕日
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夕日に照らされる多々羅大橋
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夕焼け空を泳ぐ 鯉のぼりたち
多々羅大橋 大三島側
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今日も好調。ニラの豚汁 |

愛媛県産 カツオのたたき |
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8日目 |
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大三島 → 伯方島 → 大島 → 今治 |
67.59 km |
2007/05/05 |
とうとう雨も降らずテントも崩壊せずに朝を迎えた。泣いても笑っても今日は最終日。何とか今治まで走りきって栄光の完走を果たしたい。そして、俺が12年で200泊以上もしてきたDUNLOP W271も最後の朝を迎えた。やや感慨深い気持ちでテントを片づけてポールに巻き付けた補強材を外してたたむ。やや湿気の多い朝で多々羅大橋の向こうはかすんでいた。今日こそ雨が降ってしまうかもしれないが、何とか今治まで逃げ切りたい。もてば儲けものと思いながら走るしかないだろう。そして今日は5月5日。チャリに鯉のぼりを付ける余裕はなかったが、朝食は柏餅とチマキとする。買いすぎて余っているので半分は持って走ることにしよう。
割と朝は早めに撤収。まずは悩みのタネであるSDカード容量不足を解決したい。512MBを4枚持って行ったが足りなさそうだ。あと20枚しか写真が撮れない。しまなみ海道を半分残して足りるわけがない。最近は便利なものでコンビニエンスストアでもケータイに入るmicroSDやminiSDを売っているし、SDカードアダプタもある。これだけ小さなメモリに512MBやら1GBやら入ってしまうところに技術の進歩の凄さを感じる。コンビニでmicroSDを購入し、SDカードアダプタを付けてカメラに入れてみる。どうも認識できないようだ。これじゃ買い損になってしまう。microSDにはminiSD変換アダプタもある。そこでダメ元で試した。元々持っていた
miniSD→SDのアダプタに、microSD→miniSDのアダプタを挿入してmicroSDを入れてみる。何と!認識できた。写真もばっちり撮れた。これで安心して今日は走れるだろう。また足りなければコンビニで買えばいい。アダプタ2連結+microSDって構成が笑える。
すっかり勢い付いて出発した。大三島(おおみしま)を大きく一周回るのがありたき姿だが、天気も冴えないし1月の法事で四国に来たときにレンタカーで回ったし11年前にチャリで回ったので大三島(おおみしま)は最短距離でスルーして伯方島(はかたじま)へ向かう。朝靄の向こうに見える多々羅大橋を時々振り返り、海の向こうの小さな島や伯方島(はかたじま)の海岸を見ながら、のんびりと走っていく。のんびり走ってもすぐに伯方島(はかたじま)へ渡る大三島橋が見えてきて上り坂が始まった。登り切ると鼻栗の瀬戸と呼ばれている海峡を見渡せる展望台があるようなので楽しみな坂でもある。朝から上り坂はかったるいなぁと思いつつも橋の高さまで登ったところで展望台を眺める。小さな海と橋を眺める。ここは静かではなく川のように流れる海が見える。個性的な海岸をいくつも眺められるのが瀬戸内海の魅力でもあり、それを満喫できる海峡だ。橋より少し上の展望台があるようなので、もう一頑張りして登ってみる。橋へのアプローチとは比較にならないほど急な坂が始まった。何とか登ってみたが、木が生い茂っていて見下ろせないし蚊は多いし暗いしイマイチだ。橋のたもとぐらいからの眺めが一番いい。 |

ポールジョイント部 仮補修
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DUNLOP W271 最後の一泊
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5月5日と言えば 柏餅とチマキでしょう
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SDカードアダプタ2連結!!
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鼻栗の瀬戸の眺め
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鼻栗の瀬戸と大三島橋
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橋を渡ってきたサイクリストたちと話したりしながら楽しみつつ、アーチ型の橋を渡って伯方島(はかたじま)に入る。推奨ルートも11年前も最短コースである西側を直行なので、あえて東側をぐるっと大きく回るコースを選択して走っていく。予想通りに、のんびりした海の眺めが続いていく。ただ広島県側の島と違ってアップダウンが徐々に多くなってきたというのが変化点だろう。海はのんびり道は厳しく… そんな感じになってきた。ただ、日本海沿いなどのような驚くほど急で高低差のあるアップダウンでもないので、それなりに対処できてしまう。
小さな島をいっぱい眺められる湾に出たところで休憩を入れて眺める。似たような景色といえば似たような景色だが、飽きさせないものがある。砂浜になってみたり岩場になってみたり、のんびりした漁村だったり…。島の裏側のような位置なので車も人もまばらで、島のありのままの姿が見れているような感覚だ。連休なので休みになってる「伯方の塩」の工場のわきを抜けて、造船所のわきを抜けていくと、ちょっとした街に出た。
そこで、帰りまでの資金をおろして、船折の瀬戸の方へと走っていく。アップダウンも割と厳しくなり、潮の流れも目に見えて速い。少し険しさをました地形に狭い海峡。現代ではそんなことはないだろうが、名前の通り船が折れるほど流れが強いから船折の瀬戸というのも納得といえば納得だ。
今までのしまなみ海道の海沿いルートの中で一番変化が多かった伯方島の周遊もほぼ終わり。橋へと上がっていく坂の手前の道の駅で休憩だ。伯方の塩ソフトクリームで糖分を補給していると、何と目の前にいるのはテントが隣だったカップルではないか。この辺りは狭いものだ。ミルクの味にほのかに塩がきいていて、なかなか良い味がするソフトクリームだ。このエリアに多いタイプだが、他では見かけない御当地の味付けに満足。
伯方・大島大橋を渡るために坂を登っていく。次の島は、しまなみ海道で最も今治寄りの大島と言うことで最後の島となる。心して回りたいところである。ここも吊り橋の上を渡れるので開放感があって気持ちがいい。 |

大三島・伯方島大橋
広々としていて走りやすい
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伯方島から眺める海と浮かぶ小島
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船折の瀬戸と大島大橋(伯方島)
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伯方島の造船所
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伯方の塩ソフトクリーム
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橋を渡ると、また島へと下る坂をおりていく。11年前は西側を回ったので今回は東側を回っていきたい。村上水軍博物館を見て海岸線を楽しんで最後は亀老山(きろうさん)をヒルクライムして島を後にしたい。村上水軍博物館へ向かう途中の集落で、ちょうど店も見つかったし昼食としてしまうことにした。1軒目に立ち寄った焼きそば屋は店員と知り合いがだべっていて開いているのかどうか分からないので店を無言であとにして、次の1軒に決めた。
民宿と食堂が一緒になっている店 「浜一」で主人も明るく感じのいいおじさんだ。団体客がオーダーする前に俺が頼んでしまう。こうすれば料理は早く出てくるだろう。主人も混んでて申し訳ないとひたすら謝っていた。俺が注文を決めるのに、さほど時間はかからなかった。店でおすすめの穴子セットがあまりに美味そうだ。頼むと生け簀から大きめの穴子を桶に入れてきて、「今からこれをさばきます」と見せてくれる。見るからに生きがよく美味そうだ。穴子の刺身と穴子天丼のセットとなる。穴子の刺身が脂が乗っていてコリコリして本当に美味い。初めて穴子を刺身で食べたが、こんなに美味いものとは知らなかった。そして穴子の天丼も穴子がほっこりとして淡泊な味わいで本当に美味い。混んでいるので早めに席を空けてあげて、すっかり満足して店を後にした。
店からすぐ近くの村上水軍博物館へ向かう。だんだん止まってばかりのツーリングに疲れつつあるが、しっかり観光しておきたい。この博物館は体験型の展示が多くて面白い。好奇心旺盛な若者には良いだろう。
そそくさと博物館をあとにして大島の東側を南へと向かって走っていく。だんだんアップダウンが激しさを増してくる。一つ一つの坂がボディブローのように利く。地図上では一周続くような道が載っているが、一気に狭まるような形で道は途絶えた。とても島の南端まで続いているように見えない。かといって右に曲がると林道のような急な上り坂が見える。ランドマークも全く載っていない地図なので、現時点でどこまで走ったのかもイマイチよく分からない。南の突き当たりだと判断すると、これを林道側に上がっていくと途中に亀老山の登り口があるはずだ。どうなるのか分からないが林道側へ上がっていくことにした。道も狭いし、木も生い茂る、傾斜も半端じゃなく厳しい。かなり消耗したが峠を越えた。そのまま峠を下ると高速道路をまたいだ。地図で見る限りでは、亀老山(きろうさん)へ向かう道より一本北のようだ。そのまま島の西側へ突き抜けて、また亀老山(きろうさん)への上り坂にトライするしかなさそうだ。 |

アナゴの刺身とアナゴ天丼
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徐々に激しさを増すアップダウン
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道を間違えたヒルクライム
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水分を補給して、さらに島の南へ向かうと亀老山(きろうさん)への案内標識が見えてきた。徐々に傾斜が厳しくなる。亀老山(きろうさん)の途中にお遍路の寺があるようで、お遍路さんを乗せたバスが頻繁に行き来している。上りは歩くより遅いので人と接触する危険はほぼないが、下りは気をつけないとやばそうだ。徐々に傾斜を増すしカーブもなかなか迫力のある上り坂である。そして坂が南側斜面へと出たら展望が一気に広がった。眼下には来島(くるしま)海峡が見えてきた。レンタサイクルを押して歩いているカップルを追い越して、しばらく上り坂に苦戦すると駐車場が見えてきた。この旅の最後を飾るクライマックスを登り切った。
喜びをあらわにしてチャリを止めて休憩だ。駐車場から展望台へ上がる階段の前に売店がある。ここで亀老山限定の藻塩アイスが売られていたので、これでおやつとする。ミネラルもいっぱいで、やや茶色っぽい色をしていて体に良さそうだ。そしてミルクの味に塩の味がする。塩味のアイスって意外と行けるというのが今回の旅での美食の発見になったような気がする。歩いて展望台へと上がっていく。複雑な形をしているが、山の下から展望台が見えないようにするための工夫と言うことらしい。肉眼ではよく見えるのだが、写真に撮るのは難しそうなかすみ具合である。いろんなモードで撮影を試みて、しばらく最後となるだろう絶景を楽しんでから下り始めた。
さっきのレンタサイクルをオーバーテイクで追い越してからは、下りを徹底的に攻め抜く。登った苦労、ここまで走ってきた苦労の全てをぶつけて人馬一体となって高い次元で理想のラインをトレースして自転車をコントロールする。そろそろお遍路の寺があるあたりでは、おとなしく走り抜いて下りきったところで来島海峡大橋を目前としたところの道の駅で休憩する。この橋を越えてしまうと旅は終わる… そんな寂しさからか腰が重い。いつまでも走っていたいそんな気持ちである。 |

亀老山へのヒルクライム
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なかなか迫力あるカーブと傾斜が続く
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亀老山からの来島海峡の眺め
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亀老山の山頂で販売 藻塩アイス
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意を決したように道の駅をあとにして、最後の来島海峡大橋へ向かう坂を登っていく。3つ連なる迫力ある吊り橋を見ながらの上りで、一度は意を決してしまったからか勢いよく登っていく。旅の終盤となってきてラストスパートを体がしたがっているのか、キレが出てきた。奮い立っている体をおさえるかのように、あくまでも楽しみながら、のんびりと橋を渡っていく。今治に一番近い橋だからかレンタサイクルがいっぱい走っている。追い越し追い越され、すれ違い…。大人から子供まで、さまざまなサイクリストたちが行き違う。時々、俺の姿を見て「どこから走ってきたんですか?」と聞かれたりで楽しく走っていく。走りながら橋の上から下を眺めると海に浮かぶ小さな島と流れの速い潮やゆったりと流れる潮も見られる。こんなに楽しい絶景が楽しめる橋をきちんと自転車で走れるように作った唯一の本四連絡橋である、このルートは素晴らしい。前を走っている子供の自転車2台を見ていたら、1台が欄干に接触して思いっきり転倒した。救急セットは携帯しているので、慌てて駆け寄る。手と膝をすりむいているようだ。フロントバッグから絆創膏と消毒液を出したところで親が追いついてきた。すりむいた手と膝に絆創膏を貼ってやって、俺は追い越していく。
そうこうしているうちに吊り橋も3つ目を渡り終えようとしている。長いようで短かったしまなみ海道は終わりを迎える。橋脚を越えて橋の継ぎ目を越えたところで小さくガッツポーズして完走に向けての大きな一歩を越えたことをよろこぶ。すぐそばの糸山展望台へ寄り道して来島海峡大橋を改めて眺める。ホントにみごとな景色で、いろんなことを思う。帰ったら闘わないといけない現実のこと、明日の墓参りのこと、これまでの旅のこと、しまなみ海道のこと まとまることもない考えを断ち切るように糸山を後にして、坂を下って今治の市街地へと向かっていく。もう残りは10kmもない。交通事故にだけは気をつけて完走を目指したい。昨日の昼から降ると言われていた雨も未だに降っていない。落ちてきそうな雲の下をラストスパートしていく。力強く、そして慎重に、着実に今治駅へと近付いていく。一度は駅前を通り過ぎて引き返すようなアクシデントはあったものの、真っ正面に今治駅が見えてきた。あの駅まで行けば今回の旅も完走である。駅の直前で信号に引っかかり一度は止まるが、信号が青に変わったところで一気に駆け抜けたいとこを我慢して右左折する車の動きを確認して道路を渡って大きなガッツポーズとともに今治駅前に到着した。30歳になって初のツーリングは無事いやそれ以上の形で完走としてフィナーレを迎えた。
フレームのトップチューブに軽く缶を当てて乾杯しながら、今夜の宿を探す。駅の目の前にあるホテルに電話を入れて空室を確認してみる。あっさりと空室があったので宿が確定した。ホテルへ自転車を横付けしてチェックインし、まずは荷物を部屋へしまう。送ってしまいたいリアキャリアなどを外して自転車自体は輪行する最低限の装備にしてしまう。ホテルの前で作業をしているとポツポツと雨が降り始めてきた。そして、さっき亀老山と来島海峡大橋の前の道の駅でも会ったカップルはこのホテルへ泊まりに来た。挨拶は全く交わさずにここまで来たが、レンタサイクルでヒルクライムしてしまうただものではないカップルと、誰がどこから見ても只者ではない俺、お互いに知らない顔でもなくなってしまったので笑いながら挨拶して「ホント よく会いますよね 笑」と言葉を交わす。 |

来島海峡大橋の3連吊り橋(大島側)
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来島海峡大橋上の道
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橋の上からの眺め。流れの速い海。
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糸山展望台(今治市側)からの眺め
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できれば荷物は夜中でも車で引き取りに行ける郵便のユーパックで送りたいので郵便局まで自転車で行って段ボールを3箱買ってホテルで梱包して明日はどうせ雨だしタクシーで郵便局に運ぶ段取りを取ろうとしたが、今治の郵便局は夜間窓口がないようで段ボールは手に入らなかった。コインランドリーで衣類を洗濯しようにも、それも遠いようだ。結局、何もしないままシャワーだけ浴びて着替えたところで、飲みに出かける。
今治市内の状況はよく分からないので駅前でタクシーに飛び乗って飲み屋街か寿司屋さんが集まってそうな場所に送ってもらおうとして聞くと無愛想に舌打ちして「そんな場所はない」と初老の運転手に突き返される。この時点でタクシーを降りてしまおうかと思ったが、飲み屋街に送らせる。運転は非常に荒い。一時停止はしないし加減速もプロとは思えない。660円の料金に1010円を出すと舌打ちして10円をたたきつけて340円のお釣りを出してきた。そして無愛想にドアを閉めてエンジン音も高らかにホイールスピンさせて立ち去った。二度と乗らない今治のKTIタクシー。本社にクレームを入れたが返事もない。潰れてしまえ。
今治の街は夜が早いようで寂れている。開いている店がほとんど無い。歩いて寿司屋を探してみるが、ほとんどない。一軒だけ見つけたので扉を開けると大将がめんどくさそうに舌打ちして俺を見てるだけで挨拶もしない。こんなカスみたいな寿司屋で打ち上げするのもつまらないので俺も無言で扉をたたきつけるように締めて店を後にした。辛うじて見つけた地魚系の料理が食べれそうな居酒屋に入り、可もなく不可もない接客の店だし、カウンターに座ってビールを一人飲む。さすがに魚料理は新鮮で美味しい。一人での飲みだが良い夜になった。タクシーでホテルに戻って眠りについた。 |
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9日目 |
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今治 −予讃線 特急しおかぜ → 伊予西条
−予讃線・瀬戸大橋線 特急しおかぜ→ 岡山
−東海道・山陽新幹線→ 東京 −東北新幹線→ 宇都宮 |
2007/05/06 |
全くといっても良いほど帰りの準備はできていないので、早く目覚めて荷物を片づける。まずは自転車を駅へ持って行ってばらす。軒先で雨を除けながら自転車を分解して輪行袋に詰め込み駅舎の中の構造物にワイヤーロックで固定してホテルに戻る。荷物を1Fへ降ろして、ここも無愛想なフロントクラークを相手にチェックアウトする。タクシーを呼んでトランクに荷物を詰める。郵便局まで行くが開いていないようだ。時間外窓口と書いてあるが、どうもそんなものはあって無いようなもののようだ。少し遠いがヤマト運輸の営業所まで行ってもらい、タクシーに待って貰ってる間に営業所の中で箱に詰める。大あわてで完了し、この時点で9時。まだまだ、時間に余裕はありそうだ。
なぜそんなに急いでいるかというと伊予西条でレンタカーを借りて、車で1時間弱の場所である祖父さんの墓へお参りに行きたいのだ。そして16:00には帰って来て特急に乗らないと、宇都宮にたどり着けない。墓前で過ごす時間をすこしでも確保したいので、すぐにホームへ行き、特急しおかぜに乗り込む。二駅だし30分強なので出入り口の近くで立って過ごす。途中の一つだけの停車駅である壬生川で、フラフラした爺さんが降りようとしている。しかしドアの前で立ったまま動けない。慌てて駅員さんに声をかけて降ろしてあげる。そして俺も慌てて電車に戻る。
伊予西条駅で降りて、駅前に輪行袋を置いてワイヤーロックで固定してレンタカーを借りに行く。予約はしてあるが事務所の場所が分からない。EZNAVIで何とか探して、TOYOTA Vitzを借りる。そして出てNAVIをセットしようとしたら、DVDが入っていませんと表示が出たので慌てて営業所に引き返す。店員の女の子に聞いてみると、調子悪くて、時々認識しないのでキーをOFFからやり直してみて下さいと言われてやり直してみると認識できた。丹原のお寺を設定してナビに従って走っていく。途中でお供え物というか手みやげというかあれだが、おまんじゅうでも買っていこうと思ったが、店は全くない。田んぼの真ん中を通る道をひたすら走る。そして、店はおろかコンビニすら一軒もないまま寺にたどり着いた。さすがに、それでは手持ちぶさただし時間はあるので、丹原の街中で饅頭を買っていく。
雨が降りしきる中だが、墓前に供えて、軽く水でゆすいで掃除をし、供えてある水も新しいものに汲み直して改めて祖父さんと兄と祖母さんに手を合わせた。忘れもしない去年の12月4日に亡くなった大好きだった祖父さん、自他共に認める祖父さんっ子で浜松で近くに暮らしたこともあっただけにあのときの悲しみは大きかった。ただ、祖父さんが仏様になった日を境に俺の周辺は力強く動き始めた。力強く後押ししてくれている存在に感謝をこめて手を合わせる。
1時間ほど墓前で過ごしたあとで墓を後にした。伊予西条駅へ戻りつつ昼食も食べたい。Vitzであちこち走り回りながら、結局はうどん屋さんに落ち着いた。ここも無愛想な店でお盆や伝票をたたきつけるように置く。大して美味くもないが腹に詰め込んで店を後にする。今治の銘菓の母恵夢(ぽえむ)を買うために店に行くが、客を待たせてるのに謝るわけではなく「今はダメです」のような言葉で俺を待たせる。頭に来たので店を後にした。もう愛媛には愛想が尽きた。これ以上、この町に金を落とすのはイヤだ。さっさと車を返して伊予西条を出た。土産は岡山で買うことにした。
特急しおかぜは、松山、今治を過ぎた時点で満席。何とか通路に自転車を乗せて俺は立ち乗りのままで岡山へ向かう。GWのUターンラッシュの中で、もろに巻き込まれながら帰って行く。岡山へ向かえば向かうほど混雑してくる。懐かしい瀬戸大橋や鷲羽山を電車から眺めてしばらくすると岡山へ到着。
ここで土産物屋さんを回って土産を選ぶ。渡した相手が家来になるきび団子を中心に、いろいろと選んで、ついでに混雑で車内販売も回ってこないのが予想されるので駅弁も買う。岡山の駅弁と言えば「祭り寿司」でしょう。もう、やれることはやり尽くした。新幹線に乗るだけだ。しかし、ホームには長蛇の列ができている。これは「のぞみ」に乗るのは絶望的だ。岡山始発の「ひかり」でないと通路に自転車を積むことすらできないだろう。のぞみを2本見送ってひかりの列の先頭に立った。まずは自転車を通路の手すりに固定してから席に座る。岡山を出る時点で満席だ。ひかりと言いつつも新大阪までは各駅停車というゆるさ。のぞみより1時間以上も遅く東京にたどり着けるようだ。 |
日記を書き終えて、ちょうど18時過ぎになった。列車は京都を過ぎたあたりだ。ここで夕食としようということで、買ってきていた祭り寿司を開けた。ままかりにアナゴにエビにシャコにアサリにタコにサワラと瀬戸内海の美味を詰め込んだ弁当で、桃太郎のパッケージと桃の形をしたケースが面白い。こんな楽しい弁当を最初は美味い!と思いながら頬張っていた。
この弁当で思い出したことがあるのだ。祖父さんの墓が四国にあるので、先に亡くなった祖母さんの墓参りに行くために、浜松から祖父さんを俺が連れて行って岡山駅で乗り換えて、この弁当を二人で一緒に食べたものだった。岡山駅のベンチで、歩くのが遅い祖父さんのために1時間以上の待ち時間を設定した電車を待ちながら弁当を食べてたら「おい、電車はいつ乗るんかのぅ?」と温厚でせっかちな祖父さんに聞かれたり… 亡くなって半年が過ぎたところだし、墓参りをしてきた直後だしで思い出したら泣けてきた。
新幹線は東京にたどり着いた。ここまではUターンラッシュの混雑が見えるが、ここから東北新幹線に乗り換えると一気に客は減る。淡々と新幹線は走り、宇都宮へと着いた。
駅前で自転車を組み立てて、雨上がりで濡れた路面を走って家へと帰る。こうして我が家にたどり着いて旅は無事、いや、それ以上の結果を残して終わったのであった。 |


岡山駅弁 祭りずし
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