旅記録
2011 GW 紀伊半島
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0日目 宇都宮 −東北新幹線→ 東京 −東海道新幹線→ 名古屋
−関西本線 伊勢鉄道伊勢線 紀勢本線 参宮線 快速みえ → 伊勢市
2011/04/29 伊勢市内 16.45 km
 今年は丸々1年のブランクとなってGWを迎えた。親が亡くなるという最大の悲劇、会社の生き残りをかけた仕事の厳しさ、俺自身もチーフというポジションに就いて連休明けから新人を育てなければならないプレッシャーに大震災の影響をもろに受けた仕事とそれを巻き返すプレッシャー、東日本大震災により弟の家も被災して放射能被害も出そうになり失職… いろんな心配事や負担が重なり疲弊しきって迎えた連休の俺にはいつものようなテンションは無かった。ただ、コースだけは厳しめに設定し自らを追い込む形としておいた。全く捗らない準備で出発は始発の新幹線の時間帯までずれ込んだ。
 自転車で駅まで走り、順調にばらしていく。この作業は手慣れたモノなので安定的な収まりとフレームの外傷防止パッドもしっかり付けてホームへと向かう。震災で寸断された東北新幹線も今朝から全線復旧ということで新幹線ホームはすでに行列ができていた。旅をした三陸は壊滅的な状態となり新幹線も寸断されて心を痛めていたが、ホームへと滑り込んできた新幹線は復興に向けての象徴とも言えるだろう。日本は必ず立ち直れる そう思えるときでもあった。
 今年は1月から毎月欠かさず読むこととなったトランヴェール4月号を読みながら東京へと向かっていく。東京に降り立つとホームは人でごった返していた。連休の初日という雰囲気が出ている。東海道新幹線は西へ向かう列車に乗るために並ぶ行列が2列3列とできあがっていた。どうせ名古屋までなら座れなくても良いので、ホームに待機していたのぞみに飛び乗った。品川、新横浜で客が乗り込んできてデッキも人でいっぱいだ。壁に寄りかかりながらも体勢が厳しいほどの混み具合だ。座ってればあっという間に着くのだが、立ち乗りをしていると東京から名古屋までの新幹線が遠く感じてしまう。



震災以来の運転再開
東北新幹線
 名古屋で在来線へと乗り換える。出張の時の癖でついつい近鉄か中央本線に乗り換えそうになるが、頭を旅モードに切り替えて関西本線の方へ向かう。快速みえの写真を撮って乗り込む。窓が大きく視界は良いが鉄道マニアっぽい人が外を見やすいポジションの席を押さえたがる。電車は走り出した…と言いたいところだが、ディーゼルだ。こんな大都市圏なのにディーゼルと言うところに違和感を覚える。エンジン音とレールの継ぎ目の音を響かせながら快速は三重県の方へ向かっていく。よく出張する鈴鹿を越えて伊勢の方へと向かっていく。だんだん景色も田舎な風情を帯びてきた。意外と長い時間かかって伊勢市に到着だ。
 駅に降り立つと予想通りと言えば予想通りで気温が高い。長袖のアンダーシャツは腕をまくって、駅前で自転車を組み立てる。フレームの保護もバランスも完璧。スムーズに作業は進んでいく。自転車を組み立て終えて、不要な荷物は全てコインロッカーに突っ込もうと思ったが、俺が入れようとしたところが最後の1個だった。しかし、小銭がないというピンチもあり、1000円札を崩しに場を離れると取られそうな危機。何とか身軽になって動き出した。
 眠気は残っているが、伊勢うどんと伊勢神宮はきっちり観光しておきたい。まずは伊勢うどんを食いに行く。観光案内所で手に入れたマップを見ながら店を探すが、地図の書き方がいい加減で苦戦する。駅に一番近い山口家を何とか見つけて入ってみる。少し古く地元のうどん屋っぽい風情である。ぱっと見 観光客とおぼしき人が何組か居たので少し安心した。今日は暑いほどの日だが、熱々のうどんと少なめの濃い色のたれ そこに一味唐辛子をかけたので、意外と一汗かくような一杯となった。見た目ほど味は濃くなく、柔らかくモチモチした麺が美味しい。ピリッとした感じが良く合う。
 伊勢うどんで腹を満たしたら、伊勢神宮内宮の方へ向かう。外宮の方は10年前に行ったことあるので、内宮が優先である。伊勢市の駅から片道5kmほどのところにある内宮に向かう途中でシフトが上手く入らないことが発覚。ホイールのハメ方が曲がっているのか、シフトの調整が悪いのか、輪行でディレーラーハンガーが曲がったのか… 色んな要因が頭に浮かんでしまう。まずは、やれることからということでホイールをはめ直す。これで少し改善した。
 道にそびえ立つ鳥居、皇學館大学… 日本の神様の中心に居ることを実感するような伊勢神宮内宮に向かって自転車を走らせていく。少しアップダウンはあるが荷物は無いので軽々と走っていく。内宮の駐車場に自転車を止めていると、地元のおじさんに話し掛けられる。まだ旅人のオーラは俺からは出ていないと思っていたが、すでに旅モードにあることを感じたのだろう。ここに来た旅人の話、俺の旅の話、震災の話、自転車の話… 話題に事欠かないのが旅先での会話だ。
 話を終えて、伊勢神宮の内宮へと入っていく。GWの初日とあって観光客でごった返す橋をゆっくりと渡る。橋の上から眺める川と川に立つ柱が神々しい雰囲気を醸し出している。川の流れも澄んでいる。内宮の境内を歩いていくと何カ所かは川がポイントになっているようだ。河原にも行ける。伊勢神宮は海が近いのだが、そうとは思えないさわやかさがある。境内にあるいくつかの神社をお参りしながら本殿の方へと向かっていく。最近多い旅の初日のお宮参り。良い旅を無事に走り抜くためのジンクスとなりつつもある。それと同時に神社の境内を散歩していると、現実の生活から非日常である旅へと自分の頭の中のスイッチが徐々に切り替わっていくのだ。
 そして本殿へと向かう石段にたどり着くと、石段から鳥居までは渋滞している。やはり奥の方があまり見えない。その様子は外宮の方と同じで本殿の建物はあえて見せないのか、それがかえって厳かな雰囲気を作り出す。この旅の無事、震災で失職して実家に居候している弟たち一家の無事 いろんなことを願う。
 お参りを終えて本殿から出て行くルートを歩いていくと、柵で囲まれた石にみんなが手をかざしている。特に何とか石とか説明があるわけでもなく、そこを通る人がみんなそうしている。特に疑いもなく俺も手をかざし、何らかのパワーを得たのか腕に力がみなぎる。そうしていると俺の横で同じように見よう見まねで手をかざしていた女性3人組が「これって何か言い伝えとかあるんですか?」と話しかけてきた。俺は笑顔で「知りません(笑) みんなやってるから真似ただけなんですよね(笑)」と答えたら「やっぱりそうですよね 何故かみんなやってますよねぇ」と何のパワーとか御利益があるのかも知らずにやってる者同士 なんだかおかしくなってきたので笑ってしまう。
 伊勢参りを終えて、おかげ横町を自転車を押して歩きながら散策する。観光地的な風情を作ってるのはわざとらしいが、地場産品や工芸品もみれて楽しい。豆腐屋さんで豆腐ソフトクリームを食べてみるが牛乳的な感覚がなくて豆乳って感じはするが、それだけだよなって感じで期待を大きく裏切られたが、そもそも豆腐の味に何をそんなに期待するのだろう。ご当地ソフトクリームも旅の楽しみの一つ。旅が始まったことを実感できる。
 おかげ横町を抜けて伊勢市街の方へと戻る。川沿いの蔵が建ち並ぶという河崎町にも行ってみる。どこにそんな古い町並みがあるのか分からないまま、夕暮れに染まる川の流れを見ながらサイクリングを楽しんでしまう。JR伊勢市駅の他に近鉄の宇治山田という大きな駅も見えてきた。どうも伊勢の市街地というのは2つの駅を中心にあるようだ。
 そしてホテルの前を通り過ぎて外宮をお参りしようと思ったら、すでに門は閉められていた。夜間は立ち入り禁止のようだ。ここはあきらめてホテルに戻る。伊勢市駅と外宮を結ぶ参道にあって立地が良い。1階には自転車をしまっておける軒先もある。フロントで荷物を受け取って部屋で開梱する。去年のGWは開梱する前に飲みに行くという失敗をおかしたので今年は準備を完了させることを優先にする。荷物をまとめて、自転車を少しメンテして飲みに出かける。伊勢市の駅前は伊勢らしい地元料理の飲み屋が見つからない。宇治山田駅の方に行くと割烹料理の店がある。少し高そうな予感がしたが入ってみた。すし屋と割烹が混ざったような雰囲気だ。俺は独り者なのでカウンターに座ってみる。まずは旅のスタートと1年ぶりの旅が良い旅になり厳しい紀伊半島の山岳地帯を完走できることを祈って乾杯だ。居酒屋モードで行こうとして料理を頼んでみたが、隣の席の夫婦がすしを食べているのを見て俺も我慢できなくなってきた。魚が大好きなのに海無し県民の俺が海沿い伊勢に来たら魚でしょう。ここのすしはネタが良いのはある意味で当たり前だがしゃりも美味しいし、わさびも地元の山奥で作っている本ワサビなのだ。しゃりからネタまでが渾然一体となって美味しい。カウンターのお客さんと板前さんとも楽しく話しながら美味しい食事と酒を満喫する。ほろ酔いでフラフラとホテルに戻ったら、すぐに眠りについた。

山口家 伊勢うどん


道路にそびえ立つ伊勢神宮の鳥居


伊勢神宮 内宮を流れる清流


伊勢神宮 内宮 御正宮
(内部は撮影禁止)


パワースポット?


伊勢神宮内宮前 おかげ横丁


絶品 的矢湾の岩ガキ



   出発(三重県伊勢市)から 16.45 km

1日目 伊勢 → 鳥羽 → パールロード → 大王崎 → 登茂山 71.59 km
2011/04/30
 朝は早くに目覚めて準備をする。キャリアに着いた荷物も安定している。まだ米や食料がそろっていないので、それほど重くもない荷物である。さあ旅の出発だ。ホテルの前で自転車の写真を撮って走り出す。二見浦は前に走ったことがあるので、海沿いではなく内陸をショートカットして鳥羽へと向かう。その選択が大きな間違いであることを予感させるほど伊勢市内は狙いのルートはアップダウンが激しい。そしてアップダウンを終えて国道を渡ると峠道が始まった。ワインディングは無いが、ゆっくりと上っていく。そして課題が出てきた。出発前にディレーラーが暴れる症状があって調整したのがよくなかったのか、トルクをかけるとFR:センター、RR:1速が決まらず、どうしても2速にチェーンが落ちてくる。そしてまた1速に戻ろうとして暴れるのだ。2速なら安定する。つまりローギアが使えないという致命的な状態だ。ワイヤーがゆるんで SISが決まらなくなっているのだろう。1ノッチか2ノッチ分ほど回して走ってみるが症状が改善しない。
 そんなことをしている間に峠を越えて鳥羽へと下り始める。結構 気持ちよく下っているので、それなりに上ったのだろう。今回からローギアのギア比が変わったので上り坂も少しは楽になった。その効果が早速出ているようだ。鳥羽で少し休憩して、また走っていく。今度はパールロードのアップダウンを迎え撃つ。地図で見る限りでは200m〜300m近い上り坂と何回か繰り返す大きなアップダウンがある。眺めを楽しめそうだが足には厳しそうだ。細かくアップダウンを繰り返しながらも、登り切ったところで眺める的矢の海は気持ちが良い。真珠や牡蠣の養殖をしている筏がいくつも浮かぶ静かな湾が志摩半島独特の箱庭感を醸し出している。
 的矢大橋を渡ると、本格的な上り坂が始まった。ここは眺めらしい眺めもなく下手すると海も見えない。少しストイックな上り坂という感じでもある。それでもインナーを使わずにグイグイと上っていく。本来なら筋肉疲労蓄積はよろしくないのでギアは落としたいところだが、後半の山岳コースに向けてトルクUPを図りたいのだ。ツーリングの中で体を調整していく考え方… これ吉と出ると凶と出るか、もともとそういう考え方はあったが今回は依存度が高い。そしてインナーを使うこともなく鳥羽展望台までたどり着く。展望台には大きな駐車場とレストランもある。ちょうど昼だしガッツリと休憩するには良い。そして眺めも海の広さを感じられる開放感があって素晴らしい。展望台で海を眺めて上り坂に耐えた体にGWの日差しと風を浴びていると、現実に疲弊して隠れていた自分自身の野生本能が少しずつ戻って来る感覚を感じる。展望レストランで昼飯だ。とばーがーってB級グルメも良いが、ちゃんと飯を食いたい。伊勢御膳ということで伊勢うどんに手こね寿司と的矢湾の牡蠣フライを楽しむ。どれも本当にうまい。手こね寿司はカツオを使っているはずだが漬けになっているからか生臭さとか青臭さのようなものは全くない。
 食事にも満足し眺めも楽しんだところで続きを走る。ここからのパールロードは当然ながら下りがメインだろうけど、アップダウンは多いと予想している。勢いよく長い下り坂が続くかと思ったら、時々は登り返している。だが前半と違って左には常に海が見下ろせる。海まで続く森に広い海と空の眺めが本当に気持ちいい。上り坂も苦痛に思わないほどに。展望台に道沿いの路肩に自転車を止めまくりながら写真を撮りまくる。これがパールロードの本当の気持ちよさだろう。
 それが終わると赤い橋を渡って、パルケエスパーニャに向かう狭い上り坂を耐える。これは眺めもなければ観光客も多いし観光バスのような大型車も多くペースが乱されて全く楽しめない修行である。これを登り切って下るとパールロードは終了だ。本当に楽しかったパールロードと全区間を走り切れた喜びをかみしめる。

的矢湾と的矢大橋




パールロード 鳥羽展望台の眺め


パールロード 展望台からの眺め


手こね寿司

 ここからは大王崎と英虞湾を眺める岬と先端を目指す。そして強烈な向かい風が吹き荒れる。平地は上り坂のように進まず、下り坂でも漕がないと走っていかない。道は相変わらずアップダウンが激しいし観光客の車が多い。決して楽ではない走りが続いていく。パールロードを抜けて10kmほど走ったところで、左折して大王崎へ向かう。大王崎までは強烈な下り坂が続く。何を意味しているかというと、あとで再び上らないといけないということだ。こういう下り坂は全く楽しくないものだ…。下りきると真珠製品を売る店が建ち並ぶ港に着く。自転車をここに置いて岬までは歩いていく。風よけの屋根に囲われた土産物屋が建ち並ぶ道を歩いていくと灯台にたどり着く。強風のせいか16時にして閉鎖している。(結果的に)全国の灯台を回っている俺としては入れる灯台は入っておきたいところだったので残念だ。白波立っている海と白い灯台だが、この風に辟易しているからか眺めを楽しいと思えなくなってきた。
 坂を上って国道に戻ったところで16:30 夕方の良い時間といえば良い時間になっている。まずは買い出しできる場所が無いかと探してみたが、見あたらない。ここから登茂山(ともやま)に向かっていく。片道5kmほどの道のりだ。登茂山には展望台もあれば温泉もありキャンプ場もある。しかも温泉で買い出しも出来る可能性が高い。展望台で眺めたいのは英虞湾を照らす夕日だ。この流れだと、岬の先端まで行くよりは、登茂山に泊まる方が賢いように思える。登茂山まで向かう道も、緩やかにアップダウンを繰り返していく。
 登茂山にある温泉にたどり着いた。しかし、本当に日帰り入浴なんてやってるか疑問になるほどのリゾートホテルだ。フロントで門前払いされるのでは無いかとドキドキしながら聞いてみたら、やはり日帰り入浴はやっているようだ。何となく心は決まった。風呂に入ってさっぱりしてから展望台で夕日を眺めてキャンプをする。そしてこのホテルで夕食の材料も買いビールも買う。そうと決まったら自転車から着替えと風呂セットを出して、日帰り入浴のフロントに行く。もしかして露天風呂から夕日を眺められないかと期待したが、それは無理そうだ。露天風呂を満喫して体の疲れもすっきりと落として、早々と展望台に向かう。ちょっとしたシングルトラックだったが自転車ごと走り抜いて展望台にたどり着いた。夕日でも眺めてビールを飲もうかと思って準備を進める。カメラと三脚を取り出しベストアングルを決める。そして徐々に空が茜色になってきた。写真も色々と撮り終えて気が済んだところで、夕日を見ながらビールでも飲んで考え事をしようかと思ったら、雲の中に沈んでしまった…。ビールの缶を開けるのは保留したので保冷バッグに戻す。少しテンションが下がったが、英虞湾が夕日に染まる様子は美しい。もっと地面に近いところまで沈むと、もっときれいなんだろう。夕日に染まる海に浮かぶ無数の小さな島… 期待通りといえば期待通りの眺めに満足である。
 そして展望台から山を下ってキャンプ場に行く。受付を済ませてテントを張る。GWだというのに虫が多い。天気予報では雨とも言っているので炊事場の角に自転車を置くスペースも見つけてテントも木の下に張る。雨が降りさらしだと雨の中での撤収が本当に大変なのだ。テントを張り終えたら、炊事場でコッフェルに水を汲んで湧かす。今夜はホテルで買い込んだ伊勢うどんをゆでる。タレもお湯に入れて熱々にしておく。そこに伊勢エビのかまぼこを刻んで、とろろ昆布もつまむ。初日で食材を買いそろえきれず貧相なような一応はご当地で贅沢なようなどちらとも言いにくい夕飯だが、旅の空の下で食べる伊勢うどんは柔らかく美味しい。かまぼこも伊勢うどんの味を引き立ててくれる。
 夕飯に満足し食器を片付けて明日はさっと出れるようにレーサータイツも準備をして眠りについた。

大王崎 灯台


登茂山展望台からの夕日


神都麦酒とたこ天


自炊伊勢うどん
伊勢エビかまぼことトロロ昆布



   出発(三重県伊勢市)から 88.04 km

2日目 登茂山 → 南伊勢 → 紀伊長島 94.13 km
2011/05/01
 夜中に雨が降ったせいでテントは大粒の水がついている。ボトムの防水が切れているせいか浸水もしている。そのため底が乾くのに時間がかかって撤収が面倒なのだ。旅から帰ったらテントのメンテもしておきたいところだ。テントの水滴を払い落として畳み出発だ。今日はレーサータイツも履いて勝負日である。当初の予定は岬の端っこまで行って小さな連絡船に無理矢理自転車を積み込んで渡ろうと思っていたが、荷物満載の自転車でやると面倒なので普通に陸路を走っていく。目標は紀伊長島にたどり着くことだ。今日が予定通りに走れると、ここから先が楽になる。
 昨日吹き荒れていた風は完全に止まっていたが、時折 小雨が降り注ぐ。レインウェアを着込むほどではないが、雨の日は走りがはかどらないし、気温が下がって体も冷えるものだ。さらに90kmもあり海沿いでアップダウンが激しい地形 前半戦の大きな山場の日であるのは間違いない。朝から集中力と気力で走っていく。英虞湾沿いに西へと向かう道は真珠の養殖を間近に見ながら静かできれいな湾が心地よい。入り組んで潮の流れがないのに水が澄んでいるところが凄い。
 海沿いをトレースするところもあれば、ショートカットで峠を越えるところもある。英虞湾沿いから完全に抜ける最後の峠は登り応えが十分にあるボリュームだ。今日はこんなのが何本あるのだろう…。そんな不安とドMな期待にかられながら越えていく。峠を越えて南伊勢町に着いたところで休憩だ。コンビニの隣にオレンジ色のミカン直売所がある。いろんな種類の柑橘類と製品がある。糖分補給のための蜂蜜飴とジュースを買うとセミノールのシフォンケーキをサービスしてくれた。
 良い感じの休憩を終えて、さらに南へと進んでいく。南伊勢からも峠を1つ越えていく。海沿いを平地のままでトレースできるような地形ではなくリアス式海岸なので海沿いのはずが海が全く見えない山岳路が続いていく。さらにレインウェアを着ないと耐えれないほどの大粒の雨も降ってきた。予報通りといえば予報通りだが体温も下がり体力を削られる。すっかり冷え切った体で溜まっていく疲れ… 山岳コースという感じの海沿いのアップダウンをいくつも越えていく。
 しばらくは人里離れて店も雨宿りする場所もない田舎道だったが、ようやくガソリンスタンドとコンビニが併設されているところに来た。ここで買い物しつつ休憩だ。雨で冷えた体を少しは伸ばしたり温めたりしたいものだ。そろそろ昼時ではあるが、1軒ぐらいは店があることを信じて特に買い出しもせずに走り出す。休憩している間に雨は一時的に止んだようだ。コンビニを出て軽い坂を1つ越えたら、定食屋さんが1軒あった。ここに立ち寄って昼飯にする。刺身とヒオウギ貝のフライが付いていてボリュームはあるし、暖まる。濡れた体を少しずつでも乾かしながら昼飯を終える。
 また走り出すときには雨は止んでいた。そのままレインウェアを着ないで走り出す。3kmほど先にあった漁村のA-COOPでトイレに立ち寄っていると、再び雨が降ってきた。仕方なくレインウェアを着込んで続きの走りに入る。相変わらず激しくアップダウンとカーブする道が続くが、何カ所かはトンネルで坂を回避してくれているので助かる。まだまだ降り続く雨とアップダウンに耐えて走るが、雨宿りする場所がないので休憩する機会を失っている。右奥に見上げる厳しい峠道と山の上のトンネル。おそらくこれを登るのだろう。しかし太ももも後ろ側のハムストリングスも張り詰めている。ここで一度ストレッチをしたいところだ。ちょうど待避所に1本の桜の木があった。花も咲いている。木の下で簡易的な雨宿りをしながら筋肉をじっくりと伸ばす。背中に肩に腕に足に… 丹念にストレッチをしたら少し軽くなったような気がしてきた。
 そして、おそらく今日の最大の山場であろう峠に立ち向かう。予想通りに12%にも達する激しい傾斜が襲いかかる。そして降り続く雨…。サイクルツーリングでもっとも厳しい場面というのは、こういう場面だろうし、こういうときこそ自分自身が試される時でもある。そう考えると、坂の直前の絶妙なタイミングで休憩を入れてストレッチをして備えている自分の動きは正しい。そのおかげもあって、それほど苦にせず登っていく。決して楽ではないが12%に対して足が力強く踏み込んで行ってくれている。押し寄せる疲労の波に足が止まることはあるが、これは12%ともなれば避けて通れないものだ。峠を登り切ると長いトンネルが始まる。これはこれで緊張が続く。足を着かずに一気に走り抜けたいし、後ろの車への存在アピールが大事だし、自分自身がふらつかない速度とギア選択が必要なのだ。重すぎても軽すぎても駄目で、体がバランスよく漕げるギアを選ぶのだ。
 トンネルを抜けると崖の上から海の眺めがある。名もない峠だが最大の山場を越えた達成感がたまらない。峠は激しく下り始めた。おそらく、紀伊長島に行くまでにもう一山だろうか。漁港のある町に下りきると、すぐに登り始める。ここで、トラブル発生だ。地面に落ちていた枝がホイールに巻き付いて、泥よけをクリップから外してタイヤに巻き込む。さすがに焦ったが泥よけのクリップが少し緩くなってきているが何とか持ち直した。そして、道を渡る猿の親子と左には民家の屋根があるがその上で走り回る猿の群れ。海沿いでありながらも山の自然が楽しめてしまう。
 この峠も傾斜自体はさっきの峠ほどではないが、なかなか厳しい。今日の10本目の坂道である。1日での峠の本数がこんなに多いのは三陸とか東九州とか日本有数の厳しい海岸線にも匹敵する。意外にも逞しく越えて行けている自分に少し満足と安心をしながら上り坂を楽しむレベルにまで達観している。そして10本目の峠には海の眺めがあった。1日の頑張りに対するご褒美かと思うほどの神秘的な眺めだ。入り組んだ湾に雲がたなびいている。
 この峠を下ると、紀伊長島の道の駅にたどり着いた。GWということもあり車も人も多い。ここで食材の買い出しをする前に、ご当地料理のマンボウの塩焼きを食べてみる。短い列が出来ていたが、少し待つと順番は来た。白身の味で淡泊であっさりしている。塩こしょうの味をつけすぎだが、コリコリとモチモチの間ぐらいの食感が面白い。魚にしては珍しい食感である。ここで地元産の米と乾燥したアオサと明日の朝食に焼サンマ寿司とめはり寿司を買っていく。時間帯が遅いからか鮮魚が手に入らなかったのが残念なところである。米も2kgが売っている最小単位であるがツーリング中に食いきれないのが通常だ。しかし今回は2.8kgも買い込んでしまう。半分ぐらい自宅に送り出してしまいたくなる重さだ。米を入れたサイドバッグがずっしりと重い。
 紀伊長島の市街地のスーパーで醤油と酒とゴマと紀伊長島産のビンチョウよこわと天然ハマチを買っていく。今日はハマチを使った茶漬けにしたい。キャンプ場までは、まだ6kmあるが幹線国道で軽いアップダウンも続く。買い出しした荷物をぶら下げて国道を走っていく。もう暗くなってきている。幹線国道でスピードも速いため、なるべく巻き込まれないように気をつけながら走っていきたいところだ。途中のトンネルは2つとも歩道が別トンネルとなっていたので、トンネルの狭さと大型車の迫る恐怖は無かった。
 すっかり暗くなった古里温泉に着いた。キャンプ場は何とか海岸沿いの海水浴場に見つけたがキャンパーは誰もいないし管理人もいない。料金を書いた看板だけは見つけたが、やたら高い。海岸で小さな炊事場(水道場)があるだけのキャンプ場で5000円は高すぎる。とにかく、そのままテントを張り、着替えを持って温泉に行く。露天風呂は無かったしビールも売られていないので今夜はビールレスでの夕飯となりそうだ。ただ、茶漬けを作るための地酒は少しだけあるのでビンチョウよこわとハマチの刺身をつまみに飲めそうだ。まずは米を研いで炊く。その間に魚を切って漬けを作っていく。茶漬けの残りは刺身にして食べる。身の弾力も甘みもあり美味しい。晩酌をしていると釣りのために車中泊している人が来て話しかけてきた。人がいないとお互いに思っていただけにびっくりしたというのが正直なところである。親父ぐらいの年齢だが、話は弾む。米が炊きあがったら、再びお湯を沸かして味噌汁を作る。アオサの味噌汁だ。アオサも地物、味噌も地物で美味しそうだ。味噌はそれだけでご飯につけて食べたくなるほどの美味だ。米が炊きあがったところで漬けにしていたハマチをぶっかける。アオサの味噌汁もだしを何も取ってないのに、アオサのうまみが全面に出て美味しい。海沿いでのキャンプは2泊目にして、この旅では最後。海鮮の夕食も最後の和歌山まで有りつけないだろう。最後の海の晩餐を満喫して眠りについた。

英虞湾の真珠養殖の筏


南伊勢町のミカン直売所


デコタンジュースと
セミノールケーキ


ヒオウギ貝のフライとブリの刺身


桜の木の下で雨宿り・・・


紀伊長島の峠から見下ろす海


道の駅 紀伊長島
マンボウの串焼き


紀伊長島産 天然ハマチの茶漬け


紀伊長島産 アオサの味噌汁



   出発(三重県伊勢市)から 182.17 km

3日目 紀伊長島 → 尾鷲 → 北山 73.57 km
2011/05/02
 朝は早々と目が覚めた。海を照らす日差しは明るく、昨日とは打って変わって快晴だ。テントを日差しで乾かして、焼きサンマ寿司とめはり寿司で朝食にする。山椒で少しぴりっとしているが焼き目が香ばしいサンマが美味しい。野菜の味でさっぱりとまとめているめはり寿司も美味しい。朝食に満足して撤収しようと思ったが、管理人の爺さんに見つかってしまい料金徴収だ。料金も適当なもので1000円となった。テントの大きさと車があるかどうかで決まるものなのか…。1000円ならまあまあの線だろう。
 昨日の筋肉痛を全身にまとった状態で出発だ。日焼けしそうなほどの日差しを浴びながら幹線国道を走っていく。アップダウンも多いしトンネルも多い。歩道トンネルが独立しているので恐怖感はない。尾鷲に近づくにつれて熊野古道との接点が増えてきた。道の駅 海山(みやま)でダイダイのジュース(だいだいちゃん)を飲んで糖分とクエン酸を補給して、尾鷲に抜ける峠に立ち向かう。学生の頃に尾鷲から紀伊長島に向かう走りで同じルートを走っているが、それほど厳しいルートがあったような記憶はない。ただ、熊野古道が世界遺産認定されているからかトレッキングをしている人は多い。昨日までにアップダウンをさんざん戦い抜いた俺の気持ちは上り坂ぐらいでは折れることなく峠を越えて尾鷲へと向かう。
 尾鷲市内に観光客向けの市場があるようなので、そこで実家に美味しいものでも送りたいところだ。それは国道沿いにあったので立ち寄ってみる。しかし、コンテンツが地味で決め手を欠くところだ。自分で食べる用に糖度日本一を謳うカラマンダリンというミカンを買う。確かに甘みがあって美味しい。
 尾鷲から北山村に向けても一山の峠を越える。現時点で11:30という時刻であるが、峠を越えて向こう側に下ると道の駅があるので、そこまで辿り着いたら昼飯にしようと走り出す。落石よけの洞門をいくつか走り抜けて徐々に登っていく。ワインディングも厳しいし傾斜も急だ。交通量も多い。さらに鋭い日差しが照りつけて体力を消耗させる。気候的なコンディションはともかく、こんなにきつい峠なんかあったかというと記憶が全くない。当時は若かったので何とも無かったのだろうか。いつまで経っても登り切れない、登り切れる気がしないほど長い上り坂が続いていく。確かに地図を見ると400m近く登っているようだ。こんな峠は全く記憶にない。
 2時間半かけて登り切ると2km近い長さのトンネルが2本ある。しかもトンネル自体は上り坂のままだ。交通量も多いのでふらつくのは危ないし2kmは足を着かずに一気に走り抜きたい。息を整えて気合いを入れてトンネルに入っていく。それでも大きな車が後ろに迫るし対向車もあり抜ききれずプレッシャーがある。たまに下手な車は追い越しきれずに苛ついてホーンを鳴らしてくる。路面もそんなによくない古い峠のトンネルだ。1本目を越えて、また少し登ったら2本目のトンネルに入る。ここも上り坂のトンネルだ。1本目と同じように大量の車と大型車にあおられる。道も狭いし走りも捗らないしきつい。2kmの上り坂トンネル2本は集中力も神経もすり減る。
 2本目を越えると、やっと下り坂に入った。この時点でもう2時だ。昼飯抜きで走るには腹が減って仕方ない時間帯である。峠を下ると道の駅に辿り着いた。そんなにご当地なメニューは無いが焼肉定食で昼食を済ませる。この道の駅は買い物するには中身がなさ過ぎて、夕飯の食材は何一つとして手に入らなかった。

朝食の焼きサンマ寿司


道の駅 海山(みやま)
だいだいちゃん


カラマンダリン


矢ノ川峠 2本目のトンネルを抜ける


北山村へと入る道


北山村 七色ダム

 峠を下りきると熊野の方に行く道と山奥に入っていく道へと分岐する。山奥へ入っていく道は当然のように上り坂だろうと思って、気持ちも体も上り坂に備えていた。昨日からの筋肉痛を引き起こしていた乳酸は峠で焼き尽くしたのか疲労感はそれほどない。さあ川沿いに登りだ…と思って走っていくが、アップダウンしながらもやたら下りが長い。海から内陸に向かっているのに全体的に下っていると錯覚しているようにも思える。しかし、川の流れを見ると明らかに川沿いに下っている。道を間違えたかとも思うが、標識を見る限りは北山村の方へと向かっている。この勘違いはラッキーだったようだ。尾鷲からの峠から先の15kmは上り坂と思っていたが下り坂なのだ。勘違いに気づいたら元気が出て快調なペースで川沿いを下っていく。今夜の宿泊予定地の北山村は秘境なので明るいうちには辿り着いておきたいという思いもあるので、助かる。
 北山村へと入っていく手前の、おそらく最後と思われるコンビニに立ち寄って休憩して、軽い坂と素堀の細いトンネルを越える。すると道は一気に1車線程度に狭まって秘境感が出てきた。ダム沿いの細くくねった道を走るが左は切り立った崖で右は静かなダム湖があるだけだ。ダム湖がそこにあるということは、北山村で俺が向かう方向は下り坂になる。車と自転車ですらすれ違いが大変な道を延々と走っていくと、大きなダムが見えてきた。凄い落差の下には渓流が続いている。ダムから急な坂を下って渓流沿いの道を下っていく。谷底の細い地域は家も店もまばらで人の気配もない。これが飛び地で秘境の北山村だ。静かに流れる北山峡の水の流れは静かで夕暮れに染まる山を水面に映す。この眺めが何ともいえず美しい。山の陰が濃いものと薄いものが幾重にも重なって水面に映る。この景色に感動する。
 北山村の役場とちょっとした集落を越えて走っていくと道の駅に辿り着いた。今日の目的地である。ネットの情報によると、温泉もあり道の駅で買い物もできてキャンプ場にはコインランドリーもある。洗濯のタイミングとしては、ここで洗濯できると後が楽になるので助かる。しかし、そんな期待はすべてが崩れ去った。リニューアル工事中で道の駅の売店も温泉も休業中だ。コインランドリーも洗濯機があるが乾燥機がない。当然ながら天日干しして1日待つ時間などあるわけもない。風呂には入りたかったがコインシャワーだけはキャンプ場にあるようだ。ていうか、リニューアルオープンするつもりなら日程はGWの頭に合わせるのが商売をしているなら当然だろうと思う。
 蚊が多いキャンプ場でテントを張ってシャワーを浴びたあとで、ご飯を大量に炊いてレトルトのカレーで夕飯を作る。合うかどうかは別問題でアオサの味噌汁も作る。とにかく食材を減らしたいのだ。明日の朝食用におにぎりも作りたいのだ。アオサをフライパン上に水で戻して醤油と砂糖で味をつける。ただ、砂糖は買ってきてないので南伊勢で買った蜂蜜飴で代用する。イメージとしては「ごはんですよ アオサver」という感じだ。煮詰めていく。蜂蜜飴が少し煙を出し始めてきたし水分が減ったので、ここで止める。そしてご飯に詰め込んでおにぎりにする。しかし、おにぎりを作るのが小学校の家庭科の授業以来なので形がうまくできない。やたら甘ったるい香りがしていたので不安だが明日の朝に味を見るのが楽しみなような怖いような気持ちである。
 何とか創意と工夫で夕飯と明日の朝食を確保して、たまりにたまった食材も順調に消費した。明日以降の洗濯戦略に不安を持ちながら眠りについた。

北山村 七色ダム沿いの道


七色ダムから北山峡を見下ろす


北山峡沿いの道


川に山と島が映る幻想的な眺め


自作の 「ごはんですよ」
アオサVersion



ごはんですよ アオサVerを
握ったおにぎり
味はいいが形がイマイチ・・・



   出発(三重県伊勢市)から 255.74 km

4日目 北山 → 丸山千枚田 → 十津川 → 本宮 53.65 km
2011/05/03
 朝起きると、ライダーはみんな撤収していたがカヌーを積んだ車が大量にキャンプ場に押しかけてきた。これからデイキャンプのためにテントを張っている感じである。そのうちの1歳の子供がじーっと俺を見ている。子供好きの俺は当然のようにあやす。そこから家族たちとも会話が弾むようになってきた。テントを片付けてトイレを済ませて歯磨きをしていても、子供がじーっと俺を見ている。とにかく懐いてしまったので、別れを惜しむように出発すると、俺の姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれる。旅というのはこういう出会いが面白いし、俺はハードな旅を続けながらも一般的な観光客に可愛がられるようなキャラでありたいと思っている。

 北山村の役場で飛び地到達証明書がもらえるかと思っていたら、これも道の駅だ。GWだというのに休業しているのが諸悪の元だ。役場から橋を渡って峠を登り始める。峠を越えたところにある丸山の千枚田を見に行きたいのだ。北山村から越える峠だけあって傾斜も急だし道も狭いしカーブも鋭い。さらに昨日までの疲れが足に溜まりまくって登り切れない。太ももの裏側に激痛が走る。入念にストレッチしながら走っていく。
 峠を登り切ると、家が数軒あるだけの小さな集落が出てきた。これを少し下ると田んぼを見下ろす展望台がある。見事に小さな棚田が続いている丸山の千枚田が見えてきた。険しい山か深い谷しかない地域での農業は厳しいものだ。それが立体的に広がる千枚田を作らせてしまうものだろう。この地の奥深さを感じる。
 峠を下りきると川沿いのアップダウンが続く。ここからは、再び上り坂になる。川沿いというのは深い谷底なのでアップダウンしながら徐々に登っていくものだろうとは思うが、分水嶺にあたる峠であり紀伊半島の背骨までは上り坂が続くものだろうと考えている。そう考えるとまだまだ坂道の先は長い。
 瀞峡の観光船に乗れる温泉地で昼食にする。少し混んでしまうと対応がイマイチすぎる。メニューを言うために呼んだら「しばらくお待ちください」と言ったきり聞きに来ない。待っていたら「ご注文はされましたか?」と聞きに来た。接客がこんなもんなら味もイマイチで雉の肉を使っても意味ないだろうと思うほどの、べったりとした味付けだ。何とか腹だけは満たした。痛みが続いているわけではないが、今後に備えても入念にストレッチをして走り出す。
 懸案になっていた洗濯だが、熊野本宮の近くにあるオートキャンプ場が値段も高くもなくて温泉もあって乾燥機付きのコインランドリーがあるという情報を得たので今夜はそこを目指して走っていく。ここからは三重県熊野市から奈良県十津川村に入って和歌山県に行くのだが、十津川村への境目に向けて急な上り坂が続く。川沿いのアップダウンと言うより立派に峠だ。急な坂に苦戦しながら登って登り切ると、十津川村の秘境へと下っていく1車線の急なワインディングが見えてきた。険しい岩山と少しだけ生えた木に谷底を流れる川… 曲がり損ねて刺さりでもしたら谷底に落ちそうだ。対向車に気をつけながらスピードが上がりすぎないように気をつけて下っていく。その点は一昨年から導入したスイスストップのブレーキシューの信頼感があるのでコントロールしやすい。
 坂を下りきると小さな展望台にぶつかって川が大きく蛇行していく様子が眺められる。ゆったりと折り返す川の豪快な景色に息をのむ。しばらく眺めていると、運転が下手ですれ違えない女の人がいたので車を誘導してあげながら体を休めて人の役に立って、また走り出す。再び上り坂を越えたら和歌山県に入った。川沿いに新宮から熊野本宮へと向かう大きな道に出た。川沿いで大きなアップダウンは無いが徐々に登っていく。10kmほどの道だが、それほど苦労せずに走っていける。そして数kmおきに大きな那智黒の看板が出てきた。これが出てくると和歌山県を走っていると実感するものだ。サブリミナル効果のように頭に那智黒がすり込まれていく。

北山峡の川の流れ


丸山の千枚田


熊野川支流 北山川の流れ


那智黒の看板
和歌山を走ると無数にある。

 今にも落ちてきそうな曇り空になってきたところで熊野本宮に辿り着いた。熊野本宮自体は行ったことがあるのでスルーだが買い出しをする。大きな土産物屋でビールや練り物とじゃばらポン酢を買う。ヤマザキデイリーで野菜を買う。今日は焼肉だ。買い物を済ませたらキャンプ場へと向かう。すると大粒の雨が降ってきた。レインウェアを着込んで走る。川の対岸にキャンプ場が見えて、そこに渡る橋が見えてきた。橋を渡って川沿いにキャンプ場に行けば終わりか… そう思うと気が楽になった。
 そして橋を渡る。橋の向こうにキャンプ場へとアクセスする道が見えない。少し嫌な予感がしてきた。橋を渡りきると道は左に曲がる。キャンプ場は右だが右に曲がる分岐は無い。そして山へと登る道にキャンプ場への矢印が書いてある。キャンプ場に行くのに急な坂を登らされる。土砂降りの雨に打たれながら、疲労困憊している俺には厳しすぎる坂を登っていく。さらに坂の頂上に温泉がある。まさかキャンプ場併設の温泉ってこれのこと? 風呂に入るためにキャンプ場から坂を登るのか? いろんな不満な思いが頭をよぎる。そしてハンパ無く急な坂を下る。雨に濡れたリムとブレーキシューは効かない。一昨年から導入のスイスストップじゃなかったら、止まれない。下りきったらキャンプ場に着いた。
 当然ながらここで宿泊だが、温泉は坂の上じゃなくてここにある。何とか今夜の宿に辿り着いたところで風呂に入る。まだまだ雨は止まないし、雨が止むまでテントを張るのもめんどくさい。雨と汗にまみれた体を風呂でさっぱりする。やや設備がぼろいけど掛け流しの温泉は気持ちが良い。風呂から出ても雨は降り続いていた。まずはコインランドリーに洗濯物を放り込んで洗濯を開始する。洗濯機のすぐそばに屋根もテーブルもいすもある。ここで夕飯を作る。まずはご飯を炊いて、次にフライパンを暖めて豚肉を焼いていく。今はタンパク質を摂取して筋肉痛を筋肉へと変えていきたいのだ。熊野古道の地ビールでのどを潤しながら、すっきりとした香りと酸味が美味しいじゃばらポン酢で焼肉を食う。この味と香りなら食が進む。じゃばらポン酢 なかなか良い。じゃばらとは昨日行った北山村でしかとれない酸味の強い柑橘類なのだ。香りが強いのでポン酢とかドレッシングとかには最適だ。
 夕飯も終えて酔いが覚めてきたところで、やっと雨が止んだので真っ暗闇の中でテントを張る。明日以降で少しずつでも疲労回復して筋肉痛を筋肉に変えて最後の山場に備えたいところだ。洗濯物もすべてリフレッシュして残りの旅日程は問題ない。安心に近い感情を持って眠りについた。

まずは熊野古道麦酒で乾杯


地元産豚肉で焼肉


北山村産のじゃばらポン酢


最後は梅酒をまったりと・・・



   出発(三重県伊勢市)から 309.39 km

5日目 本宮 → 中辺路 31.23 km
2011/05/04 熊野古道 (野中の清水→牛馬童子像→近露王子)
 元々の予定では昨夜までに熊野古道中辺路までは走りきっておく予定だったが、洗濯事情もあり30kmも手前の熊野本宮にしか辿り着いていない。昨日は坂があったものの走行距離が少なかったおかげか疲労はだいぶ回復している。湯の峰温泉を過ぎて峠を登っていく。今日は中辺路に辿り着くためには紀伊半島を東西に分ける分水嶺を越えるのだ。数日間にわたって続いた上り坂の集大成でもある。
 さらさらと流れる川沿いに続く上り坂を力強く登っていく。今日は熊野古道をトレッキングしたいので午前中には中辺路まで辿り着きたいという思いもある。昨日走っていたら体力的に辿り着いたか疑問なほど、道は厳しい。長い上り坂がどこまでも続く。傾斜自体は今まで登ってきたアップダウンと比べたら緩い。ギアはインナーを使うことなく登っていく。どこまでそれが通用するか試してみたくもなった。無理をして疲労蓄積しても意味がないので早め早めにギアは落としていきたい。しかし、着地する回数は多いもののセンターでも登り切れている。走れば走るほど調子があがってきているのを実感する。
 11:30には小広峠に着いた。もしかしたらトレッキングのゴールかもしれないのでバスの時刻表を写真に撮る。トンネルを抜けると近露(ちかつゆ)に下る。今夜泊まろうとしていたキャンプ場への案内看板が出てきた。これがまた急な坂をいきなり登らせる。テントを張って空荷で道の駅まで行ってから登るかとかも思っていたが、面倒なのでキャンプ場はスルーすることにした。近露のトレッキングの拠点になる"古道歩きの里ちかつゆ"は店も充実していてよさげだ。A-COOPもあるので買い出しも出来そうだ。もう1個上り坂を走って道の駅を目指す。さんざん坂道を登らされて辿り着いた割に内容が薄い。何も買い物せずに近露に戻った。
 近露で自転車を置いて熊野古道のトレッキング情報を探っていると、野中の清水までバスで登ってくれてそこからここまで歩いて来れば良さそうなプランがあった。しかも1人500円程度と値段も手頃だ。登り始める前にDVDを見せてもらえてバスで送ってもらえるので快適だ。しかも3時間ほどで歩ききれるコースのようだ。出発まで時間があるので昼食にする。地元のうめ地鶏を使った親子丼が美味しそうだ。確かに卵も鶏肉も味が強くて美味しい。デザートにミカンソフトクリームを食べる。俺が今まで食べてきたご当地ソフトクリームの中で5本の指に入るおいしさだ。ミカンの香りも味も濃い。トレッキングとこの先の糖分補給用に那智黒も買っていく。

紀伊半島の分水嶺 小広峠に向かう道


うめ地鶏の親子丼


絶品 みかんソフトクリーム

 そしてトレッキングの前のDVD放映が始まった。熊野古道の位置づけと歴史と見所が分かるビデオだ。バスに乗り結構な山を登ってもらう。歩いて登ろうと思ったら大変だろう。よくよく考えたら下り基調にしないと足に疲労がさらにたまってしまうので、このコースは正解だ。急なワインディングを登ってもらったところで降りて野中の清水へ向かう。ここでペットボトル1本分の水を汲んでいく。野中の清水から茶屋まで登山道を少し上る。こういうのが出てくると熊野古道を歩いている気になるが、これは熊野古道というわけではないようだ。茶屋の跡地から継桜王子(つぎさくらおうじ)まで歩いていく道は舗装されている。この中辺路あたりは舗装路が多いようだ。歩きやすい反面で風情が足りない。樹齢の進んだ杉や檜の森を抜けていく。王子と呼ばれている神社があるのでお参りをしていく。また熊野古道を下っていく。山深い熊野の山々と山里の眺めが心地よい。うっそうとした森の中に咲くシャガの花もきれいで気持ちが良い。もっと自然感があふれる熊野古道を歩いてみたくなるが熊野本宮のあたりで楽しめるのだろう。雰囲気だけでも楽しみながら下りきると近露王子まで来た。箸折茶屋(はしおりちゃや)の足湯で足の疲れを癒しながら、地元産のヨモギを使ったヨモギアイスを食う。あんことヨモギの香りが合って美味しい。
 3時間コースは元の場所に戻れば終わりだが、まだ元気があるので500m先の牛馬童子(ぎゅうばどうじ)まで歩いてみることにした。ここからやっと未舗装の熊野古道に入れるようだ。咲き誇る菜の花や自然のシャガの花と砂利道とうっそうとした杉の森… もっと岩がごつごつしてる方がイメージ通りだが熊野古道らしい雰囲気が出てきた。500mしかないと思って高をくくっていたが、結構な上り坂と階段が続く。自転車での蓄積疲労と今日の疲れが足に出てくる。最後の一踏ん張りと思って登っていくと途中に展望台もあった。近露の街を見下ろせる。そこに居た家族と追い越し追い越されで牛馬童子に辿り着いた。牛と馬にまたがる童子の石像がそこにある。一応は熊野古道の象徴らしいので、見たことに価値があるのだろう。スタンプも押していると家族たちも来た。500mって数字に惑わされて楽だと思って歩いてしまったのは俺と同じだ。那智黒をみんなに分けてあげて俺も下っていく。下りはあっという間のもので箸折茶屋まで戻ってきた。

野中の清水


とがの木 茶屋


継桜王子 鳥居と大きな檜が印象的


中辺路近露あたりは舗装路が多い



やはり この姿の方が
熊野古道っぽい風情がある。

 箸折茶屋から古道歩きの里ちかつゆまでの間に大きな運動場がある。水道もトイレもある。山の上?と思われるオートキャンプ場に行くメリットが全くない。温泉も近い。まずは買い物を済ませようとしたが、A-COOPにガスが売っていないので生ものが買えない。この辺で唯一の店なのに品切れっていう地域の買い物を一手に背負っているのに無責任すぎるところにいらだちながら店を後にする。温泉に行く途中にあった商店に立ち寄るとガスは売られていた。冷凍ではあるが地鶏もあった。これで今夜も地鶏焼きで焼肉だ。サンマの蒲焼きと鰯の蒲焼きも缶詰で買っていく。何とか夕食と朝食がつながった。今夜もご飯を朝の分まで炊いて米を減らす作戦に出る。
 まずは近露温泉ひすいの湯に行く。自転車を置いて荷物を引きずり出してると、道中で俺を見かけたという女性の旅人と温泉兼宿のオーナーに話しかけられる。色々と雑談しながら準備をして風呂に入る。やっと日焼けのあとも痛くなくなって思いっきり湯船に浸かれるようになった。温泉をあとにしてグランドの隅にテントを張る。米を研いで炊く。切れかかってるガスはランタンと焼肉で使い果たす。今日のうめ地鶏焼きもじゃばらポン酢で食う。これも液体なので出来るだけ残量を減らしたいのだ。野中の清水の天然水で炊いたご飯はピンと一本の芯が立ったような明確な米の甘みと香りがあって艶もあって美味しい。地鶏もこんがり焼いたらうまみが濃いし、ネギと合う。じゃばらポン酢でさっぱり食べると食が進む。
 何が当たったのかは不明だがおなかを壊したようだが、トイレは24時間開いてて近いので助かった。近露から眺める星空は星の数が多く見応えがある。いよいよ明日の龍神温泉までの走りを越えると、最大の山場を迎える。脚力が徐々に復活して狙い通りにツーリング中のトレーニングによるトルクUPも感じられる。手応えを感じながら眠りについた。

絶品 よもぎアイス


近露王子から牛馬童子に
向かう熊野古道


熊野古道中辺路のシンボル
牛馬童子像



   出発(三重県伊勢市)から 340.62 km

6日目 中辺路 → 滝尻王子 → 龍神 54.65 km
2011/05/05
 今日は龍神温泉に向けて標高を稼ぐが、走りとしては基本的に安息日という感じである。近露王子から滝尻王子まで川沿いに下っていく道だ。アップダウンするわけでもなく川沿いに気持ちよく下ってくれる。昨日までで疲労感が取れた足にとっても快調である。さらさらと流れる清流を左に見ながら距離をぐんぐん稼いでいく。熊野の霊域の入り口と言われている滝尻王子にすぐに辿り着いた。神社としては立派すぎて熊野古道の風情が薄い。いずれにしても熊野古道をテーマに走ってきたこのステージとしては一つの締めだ。滝尻王子に感謝の祈りを捧げていく。
 滝尻王子を出て龍神温泉への上り坂へとさしかかる。国道から外れて県道へと入っていく。ここは厳しい上り坂を覚悟する場面である。少し広くて川を見下ろせるポイントがあったので入念なストレッチをしていく。それほど痛みを伴わずにスムーズに筋肉は伸びる。それにしても見下ろす川の流れが本当に澄み切っていて自然の中を流れてきている様子に感動だ。こんな川一つに大きな感動があるのは自転車旅で心が洗われていくからだろう。疲れ切ってスタートした旅と考えたら、目に見える快復である。
 龍神へ続く15kmの道のりだが、全く苦になることもなくあっさりと走り抜いていく。ギアもセンターだけで登り切ってしまった。旅の始めの頃と比べたら圧倒的にトルクは増している。道は決して緩くないはずだが、力強く越えた。最後のトンネルを抜けたところで再び道は国道へと戻る。
 国道に合流するところで昼食にする。1軒のレストランでアマゴの甘露煮定食を食う。魚の味が濃厚で甘辛く煮詰めても負けていない美味である。あまり関係ないが3姉妹と思われるスタッフ全員が美人揃いだ。昼食に満足して、また走り出す。川沿いに龍神温泉を目指す。今日の走りのボリュームは十分に読める。龍神温泉に辿り着く前 最後のスーパーで食材を買い込む。温泉もキャンプ場も見えているので生ものも買える。地元産の豚肉と肉厚な龍神村産の椎茸と和歌山産のスナップエンドウを買う。3夜連続の焼肉しかアイデアが浮かばなかったが、この椎茸は化ける そう確信する。
 時折、渡る清流の眺めを楽しみながら龍神温泉へと自転車を登らせていく。10km以上もあったはずだが、あっという間に辿り着いた。この時点で16時なので、一度キャンプ場に行ってテントを張って空荷で温泉に入りに来ようと思って、一度は龍神温泉を通り過ぎようとした。トンネルを抜けると、国道が1車線になった。秘境の谷底を縫うような道が続く。これを見た瞬間に一つの判断が頭をよぎった。日没に走ったら死ぬ。
 引き返して龍神温泉に行き明るいうちに入浴を済ませて明るいうちに走りきれることが確実なように行動を見直した。龍神温泉の温泉街を少し歩いたら日本三美人の湯である龍神温泉 元湯に入る。掛け流しでぬるっとした感触の湯は本当に心地よい。露天風呂で龍神温泉を満喫したところで、まだまだ明るい道を走っていく。進めば進むほど国道なのかどうかが怪しく感じるほどの林道っぽい道である。切り立った崖の下であり、もう1方は切り立った谷底を臨むだけでガードレールもない道。踏み外せば確実に崖下に落ちて死ぬし誰も俺を発見できない。ケータイは当然ながら圏外。
 徐々に薄暗くなる道で、いつになったらキャンプ場にたどり着けるのだろうか… そもそも道の先に本当にキャンプ場はあるのか… 国道とは思えない道を走っているうちに不安に駆られる。それほど坂は無いものの5km弱の道のりがやたらに長く感じる。それでもこの酷道写真は欠かさず撮っていく。林道のような道に国道425の看板が立っているアンマッチ感に多少は安心しながら自転車を進めていく。

熊野の霊域の入口 滝尻王子


アマゴの甘露煮定食


日高川の清流


いよいよ龍神温泉


日本三大美人の湯
龍神温泉 元湯


酷道国道425号線
国道としてのオーラが全く無い林道

 ものすごく深い森の中に駐車スペースがあって崖の下に降りる階段と滑り台の下にバンガローが見えた。これが今夜の宿となる小又川バンガローだ。自転車から荷物を外す前に手ぶらで崖の下へと降りていく。車も2台停まっているし人の気配も久々に感じる。一応はバンガローとテントを張るための台と炊事場と食事をするスペースはある。管理棟もある。うろうろしていると管理棟から爺さんが出てきた。話し好きで世話好きな爺さんと話をしながら受付を済ませてお金も払う。キャンプ場からは川と滝が見える。滝が見える櫓が組み立ててあり、その上にテントを張っても良いと言われた。そういうフリをされるとテントを張りたくなるのが俺の性格だ。面倒だったが櫓の上にテントを張る。
 自転車から最低限の荷物だけを持ってキャンプ場へと降りてくる。試しに竹で作られた滑り台に乗ってみたが、俺のケツのμ(摩擦係数)が高すぎたのとWt(重力)が大きく滑り出すことは無かった。客が少ないからか山奥に居る一体感か宿泊しているファミリーとは意気投合した。アウトドアがよく似合う明るくてきれいな奥さんや妙に懐いてくる子供を相手にしながら、食事用のサイドバッグと米を詰めていたザックを取り出し食事にする。今日は龍神村産の椎茸と豚肉を焼いて3日連続の焼肉だ。じゃばらポン酢を空にして瓶を廃棄していきたいという気持ちも強い。とにかく一つでも荷物を減らし(消費)て明日の山場へ臨みたい。そんな現実的な気持ちを吹き飛ばすほど椎茸は美味しい。焼肉なのに肉の存在感すら薄れるほどに、森の香りと味が濃いし肉厚で歯ごたえもいい。こんなに美味い椎茸は初めてのような気がする。焼肉は奇跡的に肉を残して野菜を先に食べ終えてしまった。刻んで味噌汁用にしてしまった椎茸をそのまま焼いて食べてしまいたい気持ちを抑えて肉を食べきる。続いて焼肉を暖めるためのフライパンをどけてコッフェルを置いて椎茸の味噌汁だ。これも何の出汁も取らずに紀伊長島の地元の味噌と椎茸の味だけで味噌汁が旨い。美味しすぎる夕飯に心底満足し明日へと勢いが付きそうだ。
 食事を終えたら出来るだけ荷物を自転車へと持っていきパッキングする。ついでにカバーもかける。一晩おいていたら野生動物に荒らされそうな気がするのだ。森も道の向こうも漆黒の闇で俺の明かりが届く範囲しか見えない。
 櫓の上のテントを渡る風は心地よく川のせせらぎを聞きながら眠りについた。

小又川バンガローキャンプ場の滑り台


櫓の上にテントを張る


龍神村産 椎茸 肉厚で大きい


椎茸とスナップエンドウと焼肉


椎茸の味噌汁



   出発(三重県伊勢市)から 395.27 km

7日目 龍神 → 高野龍神スカイライン → 高野山 54.25 km
2011/05/06
 朝4時半に目を覚ました。5時にはテントを片付け終える。櫓の上で作業していると、トイレに起きてきた奥さんが爽やかに挨拶してくれた。この時間なのにメイクもきっちり髪型もきっちり元気で爽やか。その勢いに押されながら挨拶をし、荷物を持って櫓を降りる。はしごなので降りづらい。階段を上って自転車へと上がっていく。テントとザックをパッキングして森の中で短パンを脱いでレーサータイツに履き替える。全く人の気配がない山奥なので道路沿いで着替えても恥ずかしさのかけらもない。俺はタイツの下にパンツを履く派だがノーパン派だとして一時は裸になっても全く問題ない。
 そろそろ出発しようとしたらキャンプ場の管理人の爺さんが見送りに来てくれた。朝から色んな人から元気をもらって酷道を走り出す。やや下り基調だからか最初は快調だ。途中にあった上下水道施設のトイレが24時間使えて筋肉痛の足に優しい洋式便器で紙も完備していたのでトイレを済ませていく。おそらく頂上の護摩壇山までトイレはないので、麓の快適なトイレは重要だ。
 龍神温泉の横の道を上り始める。龍神温泉から早くも上り坂は始まっている。それでも、最初の傾斜は緩い。フロントはインナーに入れなくても全然苦しくない。道の駅に辿り着いた。ここが最初で最後の休憩ポイントだろう。ここで昨日買っておいためはり寿司を食べて朝食にする。ここで軽くストレッチをして、気合いを入れて走り出す。まだまだ道の傾斜は緩い。というより高野龍神スカイラインは始まってすらいないのだろう。2kmぐらいは、さくさくと気持ちよくペダルが回る。調子は昨日と同様に良い。
 最後と言われているガソリンスタンドや人家を過ぎると傾斜が徐々に厳しくなってきた。それでも俺の足は力強く動いている。昨夜は段取りよく夕飯を済ませて早く寝たので睡眠も十分だ。そのおかげか、時々来る全身に力が入らないタイプの不調が来る気配は無い。ペダルもしっかり踏み込めて背筋や腹筋も使えているし腕にも力がみなぎる。これ以上にない俺自身のコンディションと天気は気持ちよく晴れて走りやすい。厳しい傾斜に、俺自身の全力をぶつけて立ち向かえているし、緩い場所では程々に力を抜いて体力を温存しながら自分のペースで登っていく。単なる峠1本なら全力で登ってしまえば良いのだが、この高野龍神スカイラインは龍神温泉から護摩壇山までの上り坂のあとで40km近くもアップダウンしながら高野山へ徐々に下るルートなので後半の体力も前半と同様に重要なのだ。護摩壇山までの坂で筋肉を使い果たして乳酸疲労をためすぎるわけにはいかない。
 そんなペースマネージメントも自分でこなしながら、徐々に標高を稼いで距離を稼いでいく。しばらくは川沿いの道が続いて、やがて川から上に上がり始めた。傾斜も容赦ない感じになってきた。そして下界の展望や向こうの山の展望が開けてきた。下界の景色と山の具合で「そろそろ1000mぐらいまで登ったんじゃないかな…」と思いながらカーブを曲がった先には標高1000mの看板、我ながらベテランの勘というか野生の勘の鋭さに驚く。しかし、標高1000mの看板までの100m近い距離の坂道はハンパ無く傾斜が厳しい。このあたりから護摩壇山(1300m)は傾斜がさらに厳しくなりそうだ。谷の向こうに見えている上り坂は山を斜めに横切っているのが分かる。目の前の坂も壁のようだ。
 インナーの1速で俺の全力をぶつけて自転車を前に進めていくウェイトリフティングのような走りが続いていく。
 少し平らになって目の前に開けた森がある。山桜の花びらが散りながら目の前を横切っていく。右側には滝が流れている。桜の花びらが横切るのはほんの一瞬の出来事。こんな厳しい上り坂も悪いことばかりではない。標高が高いからか桜の開花が遅いのだ。GWのヒルクライムはこんな楽しみもあるのだ。今年は震災で花見気分が全く無かっただけに、一足遅い自然の花見を少し楽しみながら登っていける。こういう出来事があれば筋肉はさらに強いアウトプットを出してくれるものだ。気持ちも体も自転車も一つである。
 少し疲れが出てきた足を休めて立ち止まっていると、1台の車が追い越していった。そして50mほど先に駐車して立ちションしている。それを俺が自転車で遅いペースで追い越していく。すると話しかけてきた。「何度もここに来てるけど、護摩壇山までは まだまだあるよ 頑張れ!」と言われて力をもらうのと同時に凹む。標高1000mは越えてるのだが、ここからがもっともきつい場所だろう。立ち止まっても自転車が後ろに流れそうになる傾斜に入ってきた。相変わらずウェイトリフティングのような走りをしながら徐々に距離を稼いでいく。無着足とかそういうレベルを追求しながら走る人もいるが、俺はガードレールの柱1本ごとに足を着いても少しでも前に進めれば良いので足の疲労が襲いかかれば、何のためらいもなく足を休める。立ち止まった足下に広がる雄大な谷を眺めて楽しみながら走っていく。そして標高1100mを越える。龍神温泉が600m程度なので高低差で500mは登ってきたことになる。そして残りは200m程度。俺の今までの実績と今時点の時刻と今日の調子からして登り切れそうな気がしてきた。そう思うと気分はだいぶ楽になったし、力が入りすぎず良い感じである。良い感じに緊張を外しながら走れている。
 そして標高1200mを越えた。俺の読みで最大1300mなので残りは100mも無いはずだ。左側に見下ろす谷の風景を楽しみながら、だいぶ緩んできた傾斜をさくさくと登っていく。もうウェイトリフティングという感じは無くなってきた。おそらく峠も近いのだろう。ちょうどカーブの外側に森林公園の遊歩道入口に駐車場と休憩スペースがあったので足を休めて糖分補給だ。入念に足の筋肉をストレッチしたが、さすがに疲れが取り除けてスッキリする気配は無いし、筋肉はすでに伸びている。
 ストレッチの効果は皆無に等しい状況だが、最後の力を振り絞って直線路を走り抜いて、カーブを右に曲がると森林公園へと下る自動車用の道が左にあり標高1280mの看板がある。右の向こうに護摩山タワーが見える。立派な展望タワーが峠の頂上にあるのが、この高野龍神スカイラインの特徴だったのだが、これが見えたと言うことは頂上はすぐそこだ。1280mの標高表示は何を意味するかというと、このルートの最高地点だ。この厳しい難関を乗り切った。タワーの駐車場へと続くほぼ平らな道を力を抜いて走り、大きくガッツポーズしながら駐車場へと右折する。あえて厳しいルートを選んだ今年の旅の最大の山場を越えた喜びや達成感は大きい。何度か走った関西・紀伊半島の最大の山場でもあり、これを越えた喜びや誇りのような気持ちを全身で味わう。到着した時刻は11:00と予定(Limit)よりも2時間も早い。
 喜びに浸りながら自転車のフレームと乾杯して水分を補給しながら、駐車場に居た写真家と少し話をしていく。話を終えたら、タワーの受付の2Fにあるレストランで昼食にする。天空プレートと名付けられた洒落ているがボリュームもある昼飯を楽しむ。高野山の精進料理に和歌山の山海の幸が存分に味わえる。おそらく日替わりであろうメニューに満足だ。食事をしながら楽しめる窓からの絶景もたまらない。下界に咲いている山桜と続く尾根と山々… 関西の最高地点からの眺めを楽しむ。
 せっかくなので護摩山タワーにも登ってみる。入場料を払ってゲートを越えてタワーへと入っていく。エレベーターに乗ると360度眺められる展望台となっている。自然豊かな護摩壇山の谷とどこまでも続く尾根とその向こうにある高野山も見える。少し曇ってきたが尾根まで雲が降りてきていないので霧や雨の心配は無いだろう。しかし、タワーから出てみると少し寒い。曇ると一気に気温が下がるのが山の天気だ。ウィンドブレーカーを着込んで走り出す。どうせ下りだろうという期待を持ちながら…。
 全体的に下り基調ではあるが、アップダウンが多い。そんなに楽はさせてもらえないようだ。ウィンドブレーカーを着て上り坂に臨むと体温で蒸れてくる。結局、すぐに脱いでしまう。尾根沿いの道なので右にも左にも下界の眺めが続いている。木は多いので常にスッキリ見下ろせる景色が続くわけではないが、どちら側にも木の切れ目からの眺めが楽しめる。面白いことに尾根自体は和歌山県と奈良県の県境である。道を走っていると何度も和歌山県と奈良県を行き来するのだ。今までの県境越え回数の最高記録は'96 日本縦断 23日目で1都4県(栃木→茨城→千葉→埼玉→東京)を跨いだ時で4回、今回はそれを遙かに超えて13回も和歌山県と奈良県を行き来する。1日で走った都道府県数は'96 日本縦断で変わりないが、1日に越えた県境の回数は今日が最高記録となる。
 アップダウンしながらも徐々に下っていく。途中に満開の山桜があり花見も楽しめるほどの大きさだ。ちょうど散り始めている花びらが美しい。厳しい環境で育っているからか木も花も力強く公園のソメイヨシノとは雰囲気が違う。桜の木の下で休憩をしてストレッチをする。休憩した目の前に上り坂が控えているのだ。おそらく、ここが最大の登り返しだろうと読んだ。もう残っていない脚力を振り絞って坂を登っていく。当然ながら、前半のような厳しい坂と高低差は無いだろうと思っていたが、徐々に傾斜も厳しくなるし坂自体も終わりが見えてこない。カーブを曲がれど曲がれど坂は続く。地図で見る限りでは1度は900m程度まで標高を下げたが、1100mまで登っていくようだ。200mの高低差は峠1本分としては重い。
 最大規模の登り返しも終わりが近づいたところで展望台があったので休憩だ。曇っているがどこまでも続く山々が重なる様子と高野山と深い谷を見下ろせる。まだまだ下界の眺めを楽しめる標高にいるが、そろそろ高野山へと下っていきたいものだ。最後の厳しい傾斜を何とか走り抜いたら道は一気に下り坂へと入っていく。今度はコントロールも難しいほどの急でワインディングが続く下り坂である。慌ててウィンドブレーカーを着込んで、ブレーキを点検し上半身を軽くストレッチして残っていない握力を取り戻せるように手首をのばす。上り坂の間は脱いでいたメットもかぶる。

高野龍神スカイラインの上り坂


恋小路の滝 山桜の花が舞う滝


高野龍神スカイライン 標高1100m
深い谷と向かい側の山を見下ろす


護摩壇山 ごまさんスカイタワー


ごまさんスカイタワー
天空プレート


高野龍神スカイライン
尾根から見下ろす


奈良県-和歌山県 県境


高野龍神スカイライン
満開の山桜
遅い春のつかの間のお花見

 下り坂としての体制を整え、アンコントローラブルな領域に入らないようスピードを抑えながら道路を広く使ってアウトインアウトしながらキビキビとカーブを攻めていく。おそらく高低差で200m〜300mの下りだろうと思われるが、どこまでも続いた。急で長い坂だが、ここまで長いものか? もしかして高野山まで登り返しが控えているのか? そういう気持ちにもなる。時間も16時になってきているし、俺に体力もない。気温も下がってきたし天気が悪い上に日没も近く薄暗い。やや不安になりながらも目の前の下り坂をこなしていく。
 そして谷川沿いの平らな道に出た。高野山までの距離は5km程度と迫ってきたが、下りすぎてる感がある道だっただけに終わりが見えない。川沿いの道を軽く流しながら走っていくと、高野山までの残りの距離は徐々に減って2kmとなった。ここまで来れば上り坂らしい上り坂もないままに辿り着いてしまうのか? 1kmともなれば1kmなら上れる! そんな感じである。そして高野山の街に出た。高野龍神スカイラインの全区間完走を果たした。
 そんな喜びに浸る前に現実を見ないといけない。キャンプ場が1カ所だけあるようだが、風呂もコインシャワーっぽいし温泉らしきものもない。それに山の上にあるようにも見えるし、夕方ぐらいから本当に寒い。夜中に雨が降るという天気予報もある。観光案内所がすぐそばにあったので、宿の手配だ。せっかくの高野山なら民宿やホテルではなく宿坊に泊まってみたいものだ。高野山にある宿はほとんど宿坊なので探すのは大変ではないようだ。色んなタイプの宿はあるようだが、これといって選り好みはせずに決めた。
 観光案内所でもらった地図を見ながら自転車を進めていく。徐々に薄暗くはなってきたが、1kmも残っていないし道は基本的に平らだ。予約をしたお寺に辿り着いた。門の中には立派な枝垂れ桜が満開で咲いている。もうGWも終盤だというのに桜が満開というのはラッキーである。やはり標高が高く気温が低い高野山だからだろうか。花見をしてのんびりするわけには行かずお堂で受付をする。宿坊というのは初めて泊まるので、何だか緊張してしまうのだ。きちんと正座してお坊さんと話をしようにも足がパツンパツンに張っているので無理だ。少し浮いた正座で話をしながら、宇都宮から来た俺の震災被害を心配してくれるお坊さんと話をしながらルールのようなものを聞く。当然ながら宿泊サービスがメインのホテルとは勝手が違い寺のルールが絶対である。当然ながら朝のお勤めもある。最大の不安ポイントは筋肉痛でパッツンパッツンの俺の足で30分とか正座の修行に耐えられるかどうかだ。だが、そういう不自由感が逆に新鮮で良いし宿坊に泊まるという旅でしか味わえない非日常なのだ。そのルールに不満はない。ただ、残念な事と言えば、到着が遅かったので、夕飯の前に入浴が出来なかったことだろう。自転車からささっと荷物を下ろして部屋に持ち込んで着替える。少しは俺自身の汗臭さを減らした状態で夕飯を迎えられそうだ。
 立派なお堂の中を歩いて食事だ。今日の宿泊客は2組でもう1組は外国人の夫婦である。日本文化に比較的慣れている俺でも違和感や非日常感を味わえるのに、海外の人だとより一層のものだろう。部屋に通されて、夕飯とする。ご飯3杯分のおひつの飯はすべて平らげてしまうほど腹は減っていた。精進料理で美味くもない健康食か…とか思っていたら、意外なほど美味しい。今まで高野豆腐というのは染みこんだ出汁の味を楽しむものと思っていたが、高野豆腐本体の大豆の香ばしく甘い香りが楽しめる。もちろん出汁ともよく合う。がんもどきや野菜の天ぷらもあり味は美味しい。すっかり満足して夕飯を終えた。
 夕食を終えて部屋に戻ったわけだが、和室で広いしテレビだって完備されている。まずは風呂に入りに行く。風呂も決して温泉のような広さは無いが足を十分に伸ばせる広い湯船できれいだし快適だ。風呂も終えたところで、本当は「高野龍神スカイライン完走祝い!!」とか言いながらビールでも飲みたいところだ。窓の外には枝垂れ桜を見ることも出来るし、窓を開けてビールを飲みながら花見でもしたいところだが、そのような不真面目な行為はきっとダメだろう。だが、外を見ると桜は見事にライトアップされていた。ビールはともかく花見は楽しみに行く。部屋から出てカメラで写真を撮りながら見事すぎる枝垂れ桜を見る。震災によって削がれた花を愛でる心もやっと旅というステージで俺自身に取り戻したのだろうか、純粋な気持ちで花の美しさを満喫した。
 花見を満喫し、部屋に戻ったら早すぎる夕飯に腹が減る。尾鷲で買ってきたカラマンダリン(ミカン)を食べながら、るるぶを読む。驚いたことに温泉付きの宿坊やら色々とあるものだ。でも、枝垂れ桜がきれいすぎる宿坊はここだけだろう。久々にテレビでニュースを見ながら夜は更けて力尽きるように眠りに就いた。



高野山 清浄心院 精進料理


清浄心院の枝垂れ桜(夜桜)



   出発(三重県伊勢市)から 449.52 km

8日目 高野山 → 紀ノ川 → 和歌山 55.04 km
2011/05/07
 朝5時に目が覚める。今日は朝からお勤めがある。6時前には廊下に出て本堂へと向かう。おつとめなので顔も洗うし歯も磨いて着替えて臨む。もう1組の宿泊客である外国人の夫婦も来ていた。英語で挨拶したものの会話は続かない。悲しいかな俺の貧弱な英語力と会話力。朝のお勤め最大の不安ポイントだった着座だが椅子を勧められた。正座だと無理なほど筋肉痛が出ている。やはり護摩壇山の上り坂は俺の足に強烈な疲労を残したのだ。お坊さんも3人集まってきた。厳かな雰囲気の本堂で力強いお経が始まった。しゃきっとした姿勢で聞き入るが、悲しいかな集中力が続かない。色々と考え事をしてしまうあたりが、まだまだ修行が足りないというか俺の人間性の貧弱さだろうか。
 そしてお勤めを終えて朝食だ。朝ももちろん精進料理だ。今日もがんもどきが美味しいし煮豆も美味しい。野菜と豆と海藻だけの健康的な食事に力をもらう。大地の恵みに感謝しきれいに平らげて部屋をあとにする。今日はのんびり出発したいので出る時間ぎりぎりまで部屋で過ごす。やはり疲れは隠せない。昨夜は雨が降ったようだが、打って変わってスッキリと晴れている。明るい日差しに照らされる枝垂れ桜を見て寺をあとにした。
 寺を出ると、まずは金剛峯寺奥の院へと歩いていく。泊まっていた寺に置いて行っても良いほど近かったのだが、金剛峯寺の門のすぐそばの案内看板の裏の川のフェンスに立てかけて鍵をかける。ここなら邪魔にもならないし気づかれないだろう。境内は墓が建ち並んでいて樹齢の進んだ杉並木となっている。有名企業の創業者の墓や大名家の墓が続く。自然の中に作ったからか、道も真っ直ぐではなく曲がりくねって、少し石段を登ったり下ったりしながら進んでいくし整然としていない。厳かなような雑然としたような雰囲気でもある。境内を歩ききると、いよいよ奥の院へと入っていく。大きなお堂の中は薄暗く、線香の煙にすすけたような明かりがいくつもつり下がっている。線香の煙のにおいと聞こえてくるお経。その雰囲気に飲まれるように、合掌する。
 奥の院の外には観音像が並んでいる。戒名を書いた卒塔婆を供えて水をかけて清めるのだが、どの観音様にすればよいのかイマイチよく分からないままに、昨年の夏に亡くなった父の戒名を書いてもらう。観音様に供えて祈りを捧げる。
 奥の院のお参りを済ませたところで自転車に戻り、金剛峯寺と壇上伽藍の方へと向かいながら昼食を食べれる店を探す。道沿いに精進料理の定食を出してくれる店を見つけたので、ここで昼食だ。人間は自ら不健康を欲する唯一の動物であるが、これで3食連続の精進料理となり 3日連続の禁酒とも重なる。旅の暮らしが健康的過ぎて怖い。今夜こそ居酒屋で思いっきり不健康ライフを楽しみたいところだ。やはり定番の胡麻豆腐と高野豆腐とがんもどきは外せない。この店のも寺と同様に美味しい。胡麻豆腐の胡麻の香りも強く出ているし滑らかでモチモチとこしもあるのだ。
 お土産屋で実家に送る高野豆腐と高野山で作られている線香(結構 高級)を買っていく。発送は和歌山で買うお土産と同梱してやりたいので、梱包してもらって持って行く。走行振動と衝撃で線香がボキボキに折れないことを願うばかりだ。金剛峯寺へと向かう。駐車場に自転車を置いて、寺の中へと入っていく。ここも立派なお堂がある。空海を祀ってあるお寺でお茶菓子とお茶を味わいながら説法も聞ける。広い畳のお堂に座って話を聞く。やはり正座に耐えれず、あぐらに足を崩さざるを得ない。お堂は広いしGWということもあって参拝客が多いので、やや態度の大きい俺も目立たない。庭も立派で白い砂利が敷き詰めてあり線も引いてある。

お勤めのあとの朝食
もちろん精進料理


清浄心院の枝垂れ桜


高野山 金剛峯寺奥の院への参道


またまた精進料理
そろそろ不健康な食事もしたい。


金剛峯寺の門 枝垂れ桜が満開


金剛峯寺の庭園


金剛峯寺の庭園


金剛峯寺 おせんべい

 金剛峯寺を出て壇上伽藍を歩いていく。スケールの大きい真っ赤な根本大塔を眺めながらの散歩だ。そこに寺社仏閣が建ち並んでいて、厳かな雰囲気もあり開放的でスッキリした雰囲気もある。続いて霊宝館に立ち寄ってみる。金剛峯寺などの収蔵品が展示してあるが、夢中になってしまったのはクイズラリーで紙に書いている絵がどこにあるかを探して4択で当てるのだ。見事にすべて見つけ出し、霊宝館の模様の入ったクリアファイルをもらえた。
 霊宝館を出た時点で15:30。観光して遊びすぎてしまった。まだ和歌山まで60kmとの道路標示がある。この時間にしては多くの距離を残してしまっている。高野山から下る直前にある大門の写真を撮り、メットもかぶりブレーキも軽く点検してから下り始めた。途中で道を間違えたかと勘違いするほどに複雑でやや分かりにくい。一度 間違えた道を上り直し、また下る。昨日も高野龍神スカイラインで結構な距離を下ったが、今日も下りは急で長い。よくよく考えると、そんな遙か山の上に高野山のような立派な寺社仏閣が建ち並ぶ街があるのは不思議なものだ。
 何とか軌道に乗ったところで花坂に辿り着く。ここの名物 やきもちを食べていく。香ばしく焼けた餅と甘すぎない餡が美味しい。ここでカーブを曲がるたびに荷物付近から異音が聞こえていることに気づいていたので原因を調べてみる。フロントキャリアのねじのゆるみを見つけて増し締めを試みる。また下界に向けて下っていく。カーブは急だし路面も少しあれている。ここまで山ばかり走ってきた俺にもだいぶ度胸が戻ってきたからか、アウトインアウトして道を広く使いながら自転車をコントロールして下っていく。さっきまで聞こえ始めていた異音もスッキリと消えた。思い切ってスピードも出ているし車に追いつかれることもない。1カ所だけあった登り返しは全く足が動かず苦戦したが、それを越えると一気に紀ノ川沿いの国道へ下りきる。紀伊半島の東側から西側への山越えで分水嶺から護摩壇山と高野山と越えたことになる。もう紀ノ川沿いにゆるゆると下って和歌山を目指すのみである。
 西に沈もうとする太陽を正面に見て、左には紀ノ川を眺めながら幹線国道を走っていく。多少は向かい風もあるが下り基調でもあり幹線国道の車両からの風をもらって快調なペースで進んでいく。メーター表示でも30km/hを維持して走っていく。ただ気温は高いので水分は消費しているようだ。途中のコンビニで600mlの麦茶を買ってボトルケージに入れていく。
 そして17:00には和歌山市に突入。市町村合併で大きな市になっているので、それでも13kmも残っている。そろそろ足も疲れが出てきた。バイパスなので車の流れも早いし道も平らで走りやすい。距離は何とか稼いでいける。沈む寸前にまで傾いた夕日を前に見ながら和歌山の市街地を目指していく。ここまで来ればゴールは見えてくる。無理をしなくてもたどり着けるだろう。紀ノ川の大きな橋を渡るとバイパスは自動車専用道となり自転車は追い出された。市街地へ向かうためにバイパス沿いに走っている旧道のようなものを探して見たが少し迷う。諦めて全く違う方向から市街地を目指す道に切り替えた。少し狭くて縁石もあって走りづらいが少しずつ市街地へと近づいていく。すっかり暗くなった和歌山の中心部に辿り着いた。いつものゴールのようにメインストリートから和歌山駅へと左折する交差点を曲がる。
 そして、18:50 すっかり暗くなった和歌山駅に到着した。この旅の完走を果たした。15年も続けてきた旅 いつも通りの結果ではある。しかし、今年の完走は特別な想いがあったので喜びが突き上げてきた。厳しいコースから楽なコースに妥協することも逃げることもせず走り抜いた自信は大きい。これで終わったのか、まだまだ続くのか分からない困難に立ち向かう力を旅で得たような手応えを感じた。

壇上伽藍


大門


花坂のやきもち


和歌山市に突入!

 しばらくの間は旅の完走の余韻に浸り、昨夜のうちにケータイで予約しておいたホテルへと向かう。ホテルだけでなくゲームセンターなども一つのビルに入っている。人の出入りが多く少し雑然とした感じである。自転車は駐車場のわきにある自転車置き場だが、目立たないように奥の方に置いて立てかける。全部の荷物を部屋に持ち上げる気力と体力はないので、着替えと貴重品だけを出して部屋へ持ち込む。
 部屋でシャワーを浴びて着替えて飲みに出かける。和歌山の市街地に飲み屋街のようなものは見あたらず、散在しているようだ。こういうときは自転車で探す方が良いのだが、歩いて出かけてしまった。しかも明るくないので店探しにも苦戦する。そしてオーラを感じた1軒の居酒屋に入る。店の主人は若いし手伝っている中国からの留学生の女性従業員も若くて綾瀬はるか似の美人だ。カウンターには俺と同じぐらいの年の男が一人で飲んでいた。俺もカウンターに座りビールを飲む。刺身や揚げ物などを頼みながら打ち上げの晩酌を楽しんでいると、話しかけてきた。関西人の気さくさで会話は盛り上がり意気投合した。そのままその客の実家の焼肉屋に飲み屋と回って朝の4時までガッツリと飲んだ。疲れて部屋に戻り眠りに就いた。


   出発(三重県伊勢市)から 504.56 km

9日目 和歌山市内 10.60 km
2011/05/08 和歌山 −阪和線 大阪環状線 特急スーパーくろしお → 新大阪
−東海道新幹線→ 東京 −東北新幹線→ 宇都宮
 深酒したわりにスッキリと目覚めた。荷物を片付けてホテルをあとにする。まずはコインランドリーに行って使い果たした衣類を洗濯する。駅の裏にすぐに見つかる。洗濯機に放り込んでコンビニへ行きお茶を買いながら小銭を作る。コンビニで買い込んできた雑誌を読みながら乾燥が終わるのを待つ。これですべての衣類がスッキリと乾いて発送できる状態になった。
 自転車に衣類を詰め込んで、今度は早めの昼食で和歌山ラーメンを食べに行く。せっかく早めに行けるようになったので有名店の井出商店に行ってみる。短い列がすでに出来ていたが待つことにした。ラーメンなので回転は速いだろうという読みだ。その読みは当たり、10分も待たずに店に入れて座れた。店の写真を撮ったりするにもちょうど良い待ち時間でもあった。早速、ラーメンを注文し、テーブルに置いてあった早ずしを手にした。ラーメンと鯖ずしを一緒に食べるスタイルが和歌山ラーメンの特徴でもあるので、そこは逃せない。俺は醤油豚骨はしつこすぎて嫌いだったのだ。九州出身なので豚骨が基本的には好きだが、醤油か豚骨かどっちかにしろ って思っていたのだ。ここの醤油豚骨はあっさりとコクが両立していて美味しい。麺とよくなじむスープを満喫し、鯖ずしで口を少しさっぱりとリセットしながら食べるのも美味しい。
 ラーメンを満喫したところで、次は郵便局に行って荷物を自宅に発送する。和歌山城のすぐそばに大きい郵便局がある。ここで最大サイズの段ボールを3個買う。荷物の分量も経験で読める。手際よく荷物を自転車から外して箱を3つ組み立てて、スペースに無駄が無いように詰め込んでいく。リアキャリアも外して発送してしまう。これでフロントバッグも無くなり自転車と輪行袋とザックだけになった。荷物満載だった自転車がスッキリと何もまとわなくなる姿… この空っぽ感が、何となく大きな祭りの後のさっぱり感と似ていて旅の最後を象徴するものである。空っぽになったからこそ旅の充実感を感じるのだ。
 荷物の発送を済ませたら和歌山城へ向かう。城内に動物園があったりで特徴的である。自転車を置いて天守閣へと階段を上っていく。疲労満載の足には上り坂はきつい。何とか天守閣に着いたら中へと入っていく。展示物やら見ながら頂上へ上がる。天守閣からの和歌山市内の眺めと海の眺めが開放的で気持ちいい。最終日の城見学も旅の定番化したように思える。旅の最後に辿り着いた街を眺めて帰るのは粋なものである。
 城から降りてきたら土産物を探す。アンテナショップのような場所も2カ所あったが、中身がイマイチだ。結局諦めて駅前の近鉄デパートに行ってみる。どうやらここしかないようだ。デパートの地下に行ってみると、和歌山の物産が充実していた。干物やミカンを使ったジュースやゼリーやジャムに、欠かせない那智黒に、飛び地の北山村産じゃばらを使ったものもある。井出商店のラーメンもあった。ここで色々と買い込んで、高野山で買った線香と高野豆腐も詰めて発送してもらう。
 これで和歌山市内ですべきことはすべて終わった。時間も15:30 そろそろ帰る準備をしないといけなくなってきた。自転車を駅前でばらす。輪行袋に詰め込んでストラップでしめる。もう慣れたものだ。30分もかからずに終了し、駅の土産物売り場で会社に持っていく土産を買っていく。
 そして切符を買ってホームへと入り、ホームで鯖寿司とビールを買って特急に乗り込む。新大阪まで直行している特急しおかぜがホームへ入ってきた。和歌山市発ではないので席に空きはなくデッキに自転車を置いて輪行袋の上で鯖寿司とビールを開けて早めの夕飯を楽しむ。さっぱりと鯖のうまみが全面に出ている鯖寿司を満喫だ。旅の最後に飲むビールのほろ苦さで押し込む。そして、初日から全く書いていなかった日記を必死に書き始めた。今年は洗濯時も忙しかったし、途中でフェリーに乗ったりというのもなく書く時間が取れなかったのだ。この辺の体制も少しは考えないといけないだろう。
 電車は都会に入り新大阪へと着いた。ここで新幹線に乗り換える。早めに和歌山を出ていたので時間には余裕があり新大阪始発の列車を選べた。新幹線の中でも必死に日記を書いたが、東京に着いた時点で3日分も残った。東京で東北新幹線を待つ間も書いて、最終の新幹線に乗ってからも書き、何とか今日の分だけを残して宇都宮に着いた。ギリギリである。
 宇都宮に降り立つと、駅前で自転車を組み立てる。手慣れたもので傷一つない完璧な輪行をこなしている。ささっと組み立てて輪行袋を畳んで宇都宮の街を走り抜けて自宅へと帰っていく。寂しさと充実感と達成感 すべてがいつもの旅より濃い。そんな気持ちで自宅へと帰り着き、この旅はすべてが終わった。

井手商店のラーメン


ラーメンと合う 鯖の早ずし


和歌山城 天守閣


和歌山城からの和歌山市内の眺め


特急くろしお


柿の葉寿司


柿の葉寿司



   出発(三重県伊勢市)から 515.16 km


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